黒の騎士団とブリタニアが互いの想いを胸に真っ向からぶつかり合ったあの日。

一時的に現場に指揮を委ね、何処かへ消えてしまった漆黒の指揮官。


戻ってきた彼は 再び指揮を執り 騎士団を、日本を勝利へと導いた。

それは彼が起こした 『最後』の奇跡。



【奇跡 と 存在】




「…にしてもよー…。まさかゼロが…」
「こんな子供でしかもブリタニア人だとは思わなかった、か?」


玉城の言葉に仮面をつけない素顔のゼロ…ルルーシュはその整った顔に苦笑を浮かべながら、遮るようにして言葉を紡いだ。


日本人のような…ひょっとしたら生粋の日本人よりも綺麗かもしれないなめらかな黒髪。
そして吸い込まれそうな程美しい、右目のアメジスト。
何か訳ありなのか、眼帯で隠された左目。


神根島から、2人で乗るには若干狭い紅蓮弐式のコックピットに乗って
カレンと2人戦場に戻ってきた彼は、今まで通り…否、今まで以上の指揮を執り、
ブリタニアから日本を取り戻した。

だが、その戦争が終わってからすぐ。

騎士団が彼に「なぜいきなり居なくなったのか」を問おうとした時、ゼロは倒れた。

原因は枢木スザクに撃たれた傷だとカレンは言っていた。

いつ意識を失ってもおかしくない中戦場に戻り、なおかつ指揮を執ってくれた彼を
今更責めることなど出来ず、なぜ居なくなったのかに関しては聞かないことにした。


日本を取り戻す為に起こったあの戦争で荒れ果てた「合衆国ニッポン」を
今、統治しているのは黒の騎士団だ。

過去にはテロリストとして扱われた騎士団も今は1つの政権として活動している。
表向きには合衆国の代表はキョウト六家であり、その代表である皇神楽耶。
ルルーシュは自分の身の上の都合で表舞台に立つことは出来ないと言っていた。


それがどういう事なのか知ったのは、神根島で海に沈んでしまったと聞いていたC.C.が
何故か無傷で戻ってきた日だった。

彼女はゼロが入院している病室に何の前触れもなくふらりとやってきて、ずかっと彼のベッドに腰掛けた。
そして、第一声は「ただいま」でもなく「無事だったのか」でもなく、
「腹が減った。ピザが食べたい。ルルーシュ、いいだろう?」。

もちろん、病院でピザを頼むなんて非常識な事を彼が許すはずもなく
騎士団の本拠地に戻ってから、という事に収まった。


その後、C.C.がいきなりルルーシュにこう問いかけた。

「どうせ顔がバレたんだし、日本は取り戻した。なら、そろそろ
お前の事をこいつらに話してもいいんじゃないのか?」と。

それを聞いたルルーシュは一瞬、顔を硬くしたが少し考えてから
「…そうだな。もう隠すのも限界かもしれない」と半ば諦めたような、哀しげな笑みを浮かべながら答えた。

そうしてルルーシュは自分がブリタニア皇族であることや彼の母と妹のこと、
『人質』として日本に送られたこと、そして『枢木スザク』との出会いをすべて話した。
今にも倒れそうな状態で指揮を執ってくれたことに加え、そんな過去を聞かされて誰が彼を否定できよう。

騎士団は今までの疑いはどこへやら、また改めて
ゼロについて行くことを、そして今度はゼロを護ることを誓った。


そして 数日後。


騎士団の幹部が彼を見舞う中、予想もしなかった人物が来た。

何度もTVで見た、癖のある茶色の髪。
どこか感情の読めない翡翠の瞳。

枢木スザク。

カレンに聞いた話によるとルルーシュの存在を真っ向から否定し、
なおかつ、重傷を負わせた 慈愛の姫君の盾であり剣である白き騎士。

彼はどこか気まずそうに目をそらしながらも彼の病室を訪れた。
その手にあるささやかな花束を見る限り きっと見舞いに来たのだろう。


「…っ、 どの面下げてここに来た!!」
「…どの面も何もこの面以外にあるかい?」


怒鳴り散らす玉城に何処かいらだたしげな返事をしながら病室に入ってきた。

ルルーシュの傍にいたカレンと藤堂以外は気づけない程度の微弱なものだが
彼が一歩、また一歩と近づいてくるたびにルルーシュは小刻みにふるえている。

いつもは強い覚悟を宿し、どこか優しげな瞳も 今はただただ不安に揺れている。
それでも、彼は平静を保とうと 作り笑いを浮かべながらスザクの方を見て

「どうしたんだ? まさかお前が来るとは思わなかったよ。 …スザク」
「どうしたって…。その怪我は元々俺のせいなんだし 来ない訳には…。
 それに、俺…」


「あの時の事 実は後悔していたんだ」
そう言おうと、やっとルルーシュの方へと視線を向けたスザクは
彼の様子がおかしい事に気がついた。

目があったその時、彼はびくっと肩を震わせ、小刻みだった震えが少し大きくなる。
表情こそ平静を保とうとしているが、明らかに自分に対して怯えている。


そんな彼の手をすぐ傍にいた彼の騎士…カレンが優しく握る。
そして「大丈夫。今、貴方の傍には私が居るわ」とささやきかける。

彼を安心させるように優しくささやいてからカレンがスザクに向けた視線には
明らかな“殺気”が込められていた。

彼に対してささやいた言葉とは対照的に、彼女がスザクへと向けた言葉は敵意を露わにしたもの。


「…なんであなたがここにいるのよ」
「っ…、そ れは…」
「彼の存在を否定したのは貴方なのよ。彼を此処まで傷つけたのも貴方。
今更、謝ったって遅いわ!!」
「っ、そんな 君だって彼の正体を知った時には…ッ」
「そうやってまた他人まで巻き込んで自分は正しいって思いこむつもり?
確かに驚いたし 最初は悔しかった。けど彼が…ルルーシュが今まで
私達のためにやってきてくれた事を考えればあんな事 小さいものよ」
「……」
「私はゼロの正体が誰であろうと関係ない。
いつだって彼を護るための盾であり剣よ。 
何度も彼の手を拒んだ貴方に、今まで彼のことを
本当に見ようともしなかった貴方に…文句を言われる筋合いは無いわ!!」
「…ッ… そ、んな事…」


「ない」と否定したい。
彼女よりも自分の方が彼のことを多く知っていると。

そう思っているはずなのに、言葉が出てこない。

今、彼が怯えて震えている相手は間違いなく自分で。
もちろん 彼を傷つけたのも間違いなく自分で。

彼の手を何度も何度も拒み、彼を見ようとすらしなかった事も否定できなくて。
誰よりも自分を認めてくれていたのは、彼だったはずなのに。

それが自分にとって“当たり前”になりすぎて気づけなかった。

そして 自分はあの汚れを知らない桃色の皇女の手を取って。

それ自体が彼に対する否定だったのだと、今なら思う。

何よりも許せないのは主を奪った彼ではなく、気付くことの出来なかった自分。

なのに、なのに俺はあんな事を、あんな酷いことを言って。

許される、はずもない…けれど。けれどせめて…。


謝りたい。そう思ってもう1歩 彼の居る寝台の方へ近づく。

彼が震えるのにも気付いているのに、またもう1歩。
彼のベッドを囲んでいた騎士団の幹部たちは気まずそうに道をあける。
彼の手を握っているカレンはますます鋭くスザクを睨みつける。

もう1歩、進もうとした時。
大きな手がスザクを止めた。


「…スザク君」
「とう、どう…さん…」
「彼は…まだ君とは落ち着いて話せそうにない。
もう少し落ち着いてから また来てくれるか?」
「…はい」


また来て欲しい等と実際に思っては居ないだろう。

むしろ彼を追い詰め傷つける自分は来ない方がいいはずだ。

それでも、それでももう1度話す機会を与えようとしてくれる師に
言葉には出さずとも少しだけ感謝した。



***



スザクが花束だけを置いて帰った後、騎士団の幹部たちは再び彼のベッドを囲んだ。


皆、共通しているのは彼のことを本気で心配していると言うこと。
あんなにもスザクに対して怯える彼を見て、心配せずには居られない。

ルルーシュがスザクに何を言われたのか、カレンから聞かされてはいた。
『お前の存在が間違っていたんだ! お前は、世界から弾き出されたんだ!』

そして 彼がここまで傷ついた理由も C.C.から聞かされている。


「…ゼ…ルルーシュ…?」


カレンが不安げに声をかける。
ルルーシュはやっと落ち着いてきたらしく、小さくため息をついたかと思うと
どこか自嘲にもとれるような淡い笑みを浮かべながら
「大丈夫だ…。」とだけ返した。


顔を上げ、カレンの隣にいた藤堂に、否おそらく此処にいる者全員に
どこか不安げに問いかけた。


「…俺は、ここに居ても…ここに 生きていても いいのか…?」


そんな言葉に対して否定出来るはずもない。


「…当然でしょ?」


カレンの言葉にその場にいた者全員がうなずく。

それを見て彼はどこか安心したような少しだけ嬉しそうに微笑んで。
今にも泣きそうな顔で、「ありがとう」と いつもの彼からは想像できない程
自信なさげに小さく言った。



[end]






[2015.09.27 加筆修正]
恥ずかしさと戦いながら細部を手直ししておりました。
スザクに厳しかった時期もありましたね、懐かしい。
騎士団はもう少し彼を受け入れてほしかったな、とつい思ってしまいます。