低血圧魔王、ご降臨



ゼロの様子がおかしい。


どこがおかしいかというと、ラウンジの長いすに座ったまま動かないのだ。

背筋をピンと伸ばした、彼らしい姿勢のまま。
動かなくなってからかれこれ1時間30分、さすがに不安になってきた。


考え込んでいるのだろうか、それとも何かあったのだろうか。
ゼロ命!のカレンがおずおずと声を掛ける。


「あ、あの…ぜ「だぁー!何なんだよ、気味悪ィなッ!」
「なっ、玉城!?」


カレンがゼロ、と呼ぼうとしたのを遮って玉城が荒々しくゼロの肩をつかみながら怒鳴る。

それを見た他の者達は慌てた。

何が怖いって、ゼロに乱暴な事をしたからカレンが暴れるんじゃないかとかそういう事だけじゃない。


C.C.が先ほどからじりじりと後ずさっているのだ。あの、C.C.が。
しかも、珍しく焦ったような表情で。

C.C.が怖いわけではない、これから何が起こるのかが解らなくて怖いのだ。
動悸が速まる団員達をよそに、ゼロの身体ががたんと傾く。

倒れる!と心配になるが、その心配はいらなかったようだ。
ゼロは足に力を込め、何とか倒れる事は防いだ。が、体勢は前のめりのままだ。


「……えか…」
「…あ?」


地を這うような低い声。


「…お前か、と聞いているんだ。玉城。」
「な、何がだよ。」
「今、俺を起こした愚か者はお前かと聞いて居るんだ。」


一人称が俺になってますよー、ゼロさん。

なんてのんきな事をつっこめる勇者はいなかった。
あのゼロがここまで感情を露わにするなんて、とかそんな事も言っていられない。


「だったら何だってーんだよ! こんなところで寝てるてめぇが悪いんだろうが!」
「…ほう…。」


体勢を立て直したゼロは、玉城の腕をひねりあげた。
力の限り。

心なしか、ぎぎぎぎという何かが軋む音が聞こえる。
玉城の骨ではない事を心の底から祈ろう。


「俺が何故このようなところで寝る羽目になったのか解るか、玉城。」
「知るかよ、んな事! アジトで寝るなとは言わねぇが、てめぇは自分の部屋があるんだから
そこで寝りゃあいいだろうが!」
「うたた寝してしまっただけだ、俺も寝るなら向こうの方がいいさ。
だがな…そのうたた寝の原因は、寝不足に他ならない。」
「寝不足だぁ? 自分の健康管理ぐらいしっかりやれよ。」
「誰のせいだと思う? 貴様が無駄遣いしたせいでぎりぎりどころか不足している経費の事で
夕べ一晩中考え込んでいたんだ、時々内職の作業とかしながらな。」


嗚呼…玉城を助け出そうにも、彼の背後から立ち上る黒い何かがそれを邪魔する。
内職かぁ、ゼロ私達のためにそこまでしてくれてるんだねぇ…。


カレンは何か声を掛けようと試みるが、彼女の身を案じた扇に止められてしまった。

だって、と何か言いかけたが振り向いた際に扇の後ろにいた四聖剣の方々に静かに首を振られ、
言い訳をする事もゼロに声を掛ける事も諦めた。


そんな事をしている間にも、ゼロと玉城の論争(というよりも、ゼロの一方的な攻撃)は
なおも続く。


「…自分の財布だって相当ぎりぎりなのになんで俺がここまで気に掛けてやらねばならんのだ、
何のための会計だ。しかもナイトメアの開発費だって機能向上のために必然的に高くなってくるし
それ以外にもアジトの維持費やナイトメアのエネルギー源、他色々金の掛かる事ばかりだ。
さらに私生活では誰かさんがピザをバカ食いするせいでクレジット残高は一桁一桁減っていく、
いつ赤字になってもおかしくない。ああ、もう勘弁してくれ疲れたんだよ。」
「…そ、そうかよ……。」


誰かさん、というのが誰かは容易に想像がつく。

それを言われたときにC.C.の肩がびくっと震えたからだ。
あのC.C.が。


ゼロは相変わらず玉城の腕をひねりあげたまま言った。
だんだん愚痴に変わってきている気がするが、あながち気のせいでもないだろう。


「スザクもスザクだ。何が正しい方法だ、馬鹿が!警察や軍に入ればいいだと?
俺が何のために名前を変えてまでブリタニアから逃げてるか、解っているのかあいつは。
それが出来るならとっくにそうしている、その方が犠牲も出ないし流れる血も少ないし。
きれい事だけで世界は動かん、ましてあんな芯まで腐敗した国はな。
それだというのにあいつと来たら、内側から変えていくんだとか言いやがって、
あいつが動いてからブリタニアの何が変わったって言うんだ、まったくこれだからあいつはスザクなんだ。
俺はこうして外から破壊して世界を作り直すしか穏やかに暮らす手だてはないというのに、
それ以外にどうしろっていうんだ。中から変える事が出来ない俺はスザクが内側から
変えていくのを指をくわえて待っていろということか。
ハッふざけるなそんな時間がどこにある!」


あれー、ゼロが枢木のことをスザクって呼んでるよー。
しかもちょっと寂しそうだよー。


「……まったく…これではあの子に…優しい世界が……。」


一気にまくし立てたかと思うと急に小さな声になり、玉城の腕をつかんでいた手が少し緩んだ。

かと思うと、ゼロの身体はがくんと崩れ、先ほどまで座っていた長いすに倒れ込んだ。


C.C.はどこかほっとした様子だ。
カレンははっとしてゼロに駆け寄る。今なら安全そうだ。


「ゼロ、ゼロ大丈夫ですか?」

不安そうに声を掛けるが、返ってきたのは言葉ではなく、規則正しい寝息だった。

「……ふぅ…。と、とにかく暫くゼロは休ませておいてあげよう。ずいぶんと無理を…
していたみたいだし。」
「そうね…。」


扇の少し焦ったような言葉にカレンが同意し、ゆっくり休めるように
ゼロを私室へ運ぼうとして膝をついた時だった。


「…ナナ…リ…」
「…え?」
「……俺が…守るから…。」
「まさか…ううん、そんなはずないわ。」


近くにいたカレンにだけ聞こえた言葉。

一瞬浮かんだ思考をすぐに掻き消す。

ゼロの正体が彼ではない事は確認済みだ。
今更、そんな事は考えない。


冷静に考えてみてやっぱりあの発言から考えてゼロの正体は彼しかないと気付くのは
その数分後の事だった。

そして、玉城の腕に残ったゼロの指の跡の濃さから考えて、あの弱そうに見えるゼロも
案外強いのだという事が発覚するのも、同じ頃。


そして、改めて思った事。
ゼロに負担を掛けすぎないようにしよう、あらゆる意味で。

そして一刻も早くブリタニアを壊してゼロに穏やかな世界を与えてあげよう。



[end]





[2015.09.28 加筆修正]

私はかなり玉城がお気に入りのようですね。
いささか便利に使い過ぎている気がしなくもないですが。