君のその一言で



ふんわりとしたビターチョコレート味のケーキ生地に銀のフォークをゆっくり埋め込むと、
裂け目からとろりとしたチョコレートソースが馨しい香りとともに溢れ出す。


切り分けたケーキを口に運び、スザクは少年のように瞳を輝かせて、
そのケーキを作った親友に向かって単純な感想を言った。


「美味しい! すごく美味しいよ、ルルーシュ!! 
すごいなぁ、こんなの作れるなんて…お店で売っているものみたいだよ」


子供のようなまっすぐなきらきらとした瞳で、飾り気のない感想を言うスザクを見て
ルルーシュは不覚にも可愛いなとか思いつつ、照れくさそうに微笑んで答えた。


「そ、そうか? 喜んでもらえてよかった。実はこのケーキ、最近できた駅前の
ケーキショップのケーキを食べてなんか触発されてな…少しアレンジを加えて作ってみたんだ。
案外できるもんだな」
「駅前の? ああ…あそこのオリジナルなら僕も食べた事あるよ」
「お前が? 意外だな」
「だろうね、僕だけだったら全然興味も持たなかったんだけど……ユフィがさ、
おすすめだって言ってて」


スザクの言葉を聞いた瞬間。

ぴくりとルルーシュのこめかみが微かに動いた。

それは一瞬の事でその場にいた誰も…と言ってもスザクとルルーシュしかいないのだが、
とにかく誰も気付かなかった。

ルルーシュはすぐに平静を装い、話を続けた。


「そうか…ユフィもあの店のケーキ好きだったんだな、初耳だよ。
皇族御用達っていうのならそういう張り紙くらいあっても良さそうだが」
「ユフィはそう言うの嫌うからね…」
「…ふぅん、そうか」


素っ気なく返してしまう。

こういう態度ではいけないと、スザクを不安にさせるとわかっているのだが。

どうしても隠しきれない感情がある。
今まで感じた事もないような…否、最近はしょっちゅうか。

スザクがある言葉を口にする度いつもいつもいらついて……。


「あ、そうだ!」
「ん? 何だ?」
「このケーキ、また作ったらその時は少し分けてもらっていいかな?
ユフィに持って行きたいんだ。大丈夫、君が作ったとは言わないよ。そのー……
学園の友達?とか適当に誤魔化すからさ」
「………別に、構わないけど」
「やった! ありがとう、ルルーシュ」


…また。


「ユフィも喜ぶよ」


………また。


「今度、お礼に何か持ってくるから。そうだなー…この間ユフィに教えてもらった
ティーショップの紅茶とかどうだろう。きっとルルーシュ気にいるよ」
「気にしなくていいのに。でも、ありがとう。楽しみにしてるよ」


…また。

またまたまたまたまた、またその名を呼ぶ。


スザクの声が義妹の名を呼ぶ度に、かつてないほど苛々する。
気が立つ。
言葉がとげとげしくなる。
嘘を隠せなくなる、仮面が剥がされる。


「…お前が美味しいって言ってくれてよかった。これで安心してナナリーに出せるよ」
「ははっ、酷いなぁ僕は実験台? 美味しかったから気にしないけど」
「いいだろ、別に。それだけお前を信じてるってことなんだから」
「…ありがとう、ルルーシュ。それじゃあユフィに食べさせてあげたらその感想も
聞いておくよ」
「助かる。皇女殿下の感想はなんとなく安心感が得られそうだな」


また呼ぶのか、お前は。


その笑顔の裏で、思い描いているのは誰の笑顔だ? 誰の幸せだ?
お前は誰の隣にいる?

俺の顔じゃないんだろう、俺の幸せじゃない、俺の隣にいない。

……すべて、ユフィだ。


こんなの馬鹿らしいって解ってる。


解ってる、でも。


――押さえられないんだ………。


***


「はぁ……」


どさ、と乱暴に椅子に腰を下ろす。


「何だ、最近気が立っているな? 枢木がユーフェミアの騎士になってからか?」


ベッドでだらりと寝転がっていたC.C.が黄色いぬいぐるみを抱きかかえながら、
下着とブラウスだけという何ともあられもない姿で面白そうにルルーシュの様子を茶化した。

その言葉にいつもの皮肉で返してやる気にもなれず、ルルーシュは投げやりに答える。


「……さあな、どうだろうな、俺にはわからん」
「図星だな。そして坊やは自分の気持ちがなんなのか分からず混乱していると見えた」
「坊やとか言うな魔女が。自分の気持ちは俺が一番理解して……」


――本当に? 本当に理解しているのか? むしろ原因が分からないから苛々して…?


「…どうだろうな。本当に解ってないのかも知れない」


あっさりと、認めるような発言をしたルルーシュを見てC.C.は驚いたように
一瞬目を瞠って、それからにやりと楽しそうな笑みを浮かべた。

寝転がっていた姿勢からむくりと起き上がってしわしわのシーツの上に座り込むような姿勢に変えて
悪戯ぽく笑ったまま相変わらず茶化すように言った。


「ほぅ、珍しいな、そういうのを認めるとは」


抱きかかえた黄色いぬいぐるみは相変わらずC.C.の腕の中、隠されもしない太腿に挟まれたまま、
ぽやーとした表情の顔はなぜかルルーシュの方へ向けられていた。


(わざとか、C.C.。)


その間も抜けたとした表情に余計苛々する。


「お前も少しは成長したか……。では、成長したお前にご褒美だ。
この私が教えてやろう」
「いらん。自分で考える」
「そうか、つまらん。…ま、答えが出るとは思えないがな。お前一人では」
「…どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ、童貞坊や君。
どうせお前は気づけないだろう、人に言われるまで」
「………」
「人に言われても素直に聞くかどうか……なあ?」
「…ふん、聞くだけ聞いてやる。人生経験は豊富そうだからな、お前は」
「もちろんだ、私はC.C.だからな。
実際に恋をした事などないが……いや、ないわけじゃないな」
「意外だな」
「心外だな、私だって女だぞ? 恋の一度や二度、経験しているさ」


――実際は一度だけ、これが初めてなんだがな。だからお前の気持ちはよくわかるさ。


「お前は嫉妬して居るんだろう? 枢木がユーフェミアの名を呼ぶ度に」
「………まあ、嫉妬かどうかは解らないがいらつくのはその時だな、確かに」
「苛々するんだろ? なら嫉妬だよ、絶対に。義妹に男をとられて悔しいか。
お前もなかなか可愛いじゃないか」
「…可愛いとか言うな、それにとられるとかとられないとか…元々スザクはおれのモノじゃないし
スザクはユフィの騎士なんだ、一緒にいてとうぜ……」
「納得できていないくせに」
「………もう、知らん!」
「ふん…自分から聞いておいて」
「俺が聞きたかったワケじゃない、お前が言いたそうだったから言わせてやったんだ!」
「だいぶ動揺してるな、言い訳がへたくそだ。…よし。それではそんな馬鹿なルルーシュに
一つ問題を出してやる」
「馬鹿? 誰が馬鹿だ、じゃなくて問題?」
「問題。…ユーフェミアにはあってお前には足りないものは何だ?」
「ユフィにあって俺にないもの……」


C.C.の出したくだらない問題(と、ルルーシュも最初は思っていた)に
ルルーシュは少しだけ考え込んでみる。


自分で言うのも難だが、家事は料理洗濯裁縫掃除、どれをとっても他人には劣らない自信はある。

それに認めたくはないが女装したときの見た目は…まあ、それなりに綺麗だっただろう。
母親似の容姿をしているし、ただ男としては若干ひ弱で…いや違う、俺は平均だ、
スザクと比べるのが間違っている、断じてひ弱ではない。
見た目は特に悪いというわけじゃないから……。


ならユーフェミアはどうか?

見た目は文句なしに可愛い。それに優しいいい子だ。

だが、ルルーシュやナナリーと違い、幼い頃からずっと温室育ちだった異母妹は正直言って
だいぶ世間一般の常識からずれている。
家事なんてもっての他で、包丁も握った事がなければ裁縫針を持った事もない、
恐らく洗濯のやり方も漠然としか知らないだろうし、
掃除に関しても全て侍女がやってくれているから彼女はまったくもってそれをやる必要がないから、
まずできないと見ていい。


…俺は、まあ、家事は一通り出来るし。
……駄目だ、ますますわからなくなった。


「…思いつかないな」
「お前変なところで自信家だよな、本当に。いいか? まず見た目は互角だ。
それは私が保証しよう。だが決定的違いがある」
「何だ? はっきり言え」
「素直さが足りない。お前には」
「……は?」


C.C.の言った言葉。

素直さ。なんだそれは。


「お前は確かに優しいが、その優しさは不器用すぎる! 相手に伝わりにくいぞ、
私はしっかりわかっているがな」
「待て、俺は優しくなんてな、」
「優しいぞ十分に。だが、お前は素直じゃない、だから駄目なんだ。優しいところとか
いいところはもっとあるはずなのに、ナナリー以外にはそれを素直に出さない。だから
枢木は、素直で可愛らしくて優しいユーフェミアの許へ行ったんだ、解るか?」
「ちが、スザクはまだユフィのものにはなってないッ!!」
「やっと本音が出たか……それくらいのことをあいつに言ってやってもいいだろうに。
いや、自分で言っておいて失礼かもだがこれは……」
「……? 何だ、さっきから」
「素直なお前って、さすがに気持ち悪いな」
「…ッ失敬な!!」


***


別に、C.C.の言った事をすべて真に受けてやるわけじゃない。


そもそもあいつの言葉の半分くらいは冗談とか嘘とかそういう類だと思っている。
だが、試してやるくらいは……考えないでもない。


時計の針が時を刻む音と紙面を滑るペンの音だけが生徒会室に響いていた。

珍しく人が少ない。
いつも生徒会室の脇にあるパソコンで実験というか研究のようなものをしているニーナもいないし、
シャーリーは部活だ。
会長とリヴァルは…解らないが。
まあ会長が居ないときは大抵リヴァルもいないし。
ナナリーは定期検診。
アーサーはたぶん散歩だろう。
病弱なカレンは病院。


リヴァル、会長、ニーナ、シャーリー、ナナリー、カレンがいない。
イコール、残るのはスザクとルルーシュの二人だ。


「……みんな忙しいんだね。揃っていないなんて珍しいや。
いつもは僕らが欠員してるのに」
「だな。……ま、本当はみんな忙しいのに俺たちの分の仕事まで押しつけてしまってるんだから
たまにはいいだろ、こういうのも…」


そう言って、顔を上げずに書類を捌きながらもルルーシュは心の中で密かに
ガッツポーズだった。


そうだ、今しかない、聞くなら今しかない、当たって砕けてみるのも悪くない。

いや、砕けるのは嫌だが。
砕けたらその時はその時だ。


「……スザク」
「何かな、ルルーシュ。あ、もしかしてこないだのケーキのこと?」
「ケーキ…ああ、そういえば約束してたっけな。だが今はそうじゃない」
「…じゃ、じゃあ他に何かあったっけ…?」


聞くか、聞いてやる。


「お前は…っ」
「…?」
「お、お前は…ユフィと俺と、どっちが…った、大切なんだっ?」
「へっ!? ゆ、ユフィとルルーシュ!?」
「そうだ。俺とユフィだ」
「そ、それは〜……答えられないなぁ……」
「…っ…はっきりしないな、お前は本当に!! じゃあ言い方を変えよう。
ベタなたとえだが、もしも俺とユフィが崖から落ち…いや、やっぱりこれはやめよう。
もしも俺とユフィが! 黒の騎士団に人質にされていたらどっちから助ける!?」


まああり得ないがな! 騎士団のリーダーのゼロは俺だから。


まあいい、とにかく考えろ、考えろスザク。

お前の憎むゼロが俺とユフィを人質に…。
どっちから助ける? ……まあ大体答えは予想がつくが……。


「……ュ」 「……? よく聞こえないんだが…」
「る…ルルーシュ、だよ。こんなこと、不敬罪になるからあまり大きい声では言えないけど…
もしそうなったら僕はまずルルーシュを助ける」
「…そ、そう…か……」


てっきり、ユフィと答えるとばかり思っていたルルーシュは拍子抜けして、
ついつい反応が薄くなってしまった。

そんなルルーシュの様子を見てスザクは少し拗ねたような表情と声で冗談交じりに言った。


「…なんだよルルーシュ…自分から聞いておいて随分リアクション薄いなぁ。
何だったら今から言い直そうか? ユフィって」
「い、嫌だ、いいから!!」
「…ふふっ」
「…な、何だ? 急に笑ったりして」
「いや? ルルーシュが珍しく素直だなぁって。よかった、みんなが居なくて」
「…? 確かにみんながいたらこんなこと聞けなかったけど…」
「ううん、そうじゃない。こんなに可愛いルルーシュをいくら生徒会でも他の人には
見せたくないなぁって」
「……ばか、可愛いとか言うな」
「可愛いよ、すごく可愛い。嫉妬してくれたんだ?」
「し、嫉妬じゃない。単純に少し気になって」
「いいよー言い訳しなくて。わかるから、君の事なら何だって」
「そんなわけないだろ、いくらお前でも…」
「ううん、わかる。だって僕は…」
「……」

「この世界で誰よりも、ルルーシュだけを愛してるんだからさ」

「ば……馬鹿がっ 恥ずかしい事を言うなっ!」



――ね、ルルーシュ。俺は誰よりも君を愛してるんだから、君の事なら何だって
解っちゃうんだよ? だから俺は知ってる。君が、大きすぎる罪を犯してるって事。
それでも俺は、受け止めてあげる自信があるよ。君が何をしたって、俺は君を愛してる。――



――愛してると言ってくれるお前の言葉が誰の言葉よりも熱く胸に刻まれて、それなのに
俺はお前を信じ切れない。お前は知らない、俺がゼロだと。お前が憎むゼロだと。だから
お前は俺の全てを知らない。きっと俺が犯した罪の全て、お前は赦せないだろうから。――



[end]





[2008.08.08 著] [2015.09.28 加筆修正]

書いた時期はR2TURN18視聴だったらしい。
いざという時、ルルーシュを選んでほしいなと言う願望。

書いたときどれくらい狙っていたのかわかりませんが、
このスザク完全に狙ってやってますよね? 妬いてほしいだけですよね?