――今こそ果たしたい。あの願いを、あの日の想いを。



NostaLgy




初めは、スザクを間に挟んで二人は会った。


だんだんと打ち解けてきて、アーニャ個人で彼を訪れるようにもなった。

ルルーシュもアーニャと居る時間が増える度に、その時間が愛しく思えるようになった。
二人の距離は確かに近づいていた。


…一定の、境界線を挟んだまま。


「(……今、行ったら、迷惑…かな)」


とんとん、と屋上へ続く階段を上りながらアーニャはふと考えた。


本来なら学生以外は学園の敷地内に立ち入れないのだが、そこはラウンズの権限で
なんとか通した。


長い階段を上りきり、重い鉄の扉に手を掛ける。

だが、少し扉を開けた瞬間、聞こえてきた声に思わず身体を強ばらせた。


「……そうか。それで、中華連邦の方は相変わらずか?」


聞き慣れたはずの声。


最近親しくなった、彼の声。

昔、初めて敬愛という感情を抱いた相手…ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの面影を持つ、
そしてそれと同じ名前の少年の声。

――その話題には触れなかった。言い出しては、いけない気がしていた。


ただ、今話しているその声は……初めて聴く、冷淡な声。

いや、初めてではないのだ。聞いた事はある。
戦場という舞台で、その声を聞いた。


「まったく…困ったものだな、奴らにも。まさかあんな……」


彼はなおも電話を続けていた。


「…カレンの方は、……そうか。」


少しだけ哀しそうな声音。

また、聞き覚えのある名前。それも、また戦場で知った名前。
黒の騎士団のエース、紅いナイトメアのパイロット。


「見捨てる? …まだ言っているのか、お前は。彼女は必要な存在だ。
必ず助け……」


そこまで言いかけて、ルルーシュは言葉を止めた。
微かに開いた扉に気付いたのだろう。


アーニャも、立ち聞きを諦めて潔く扉を開けて姿を見せる。


「……悪い。あとでかけ直す」


あからさまに不機嫌そうな顔をしてルルーシュは携帯の通話を切断した。

そして、じろりとアーニャを睨む。
――今まで向けられたことのない鋭い瞳。


「…聞いていたのか」
「……ルルーシュが、ゼロ?」
「………。俺を裁くか、ナイトオブシックス?」
「…やっぱり、ルルーシュがゼロ?」
「まずは俺の質問に答えろ、アーニャ・アールストレイム。俺を、皇帝の前に
引きずり出して裁きを受けさせるのか、お前も。スザクと同じように」


はっ、と嘲笑うように吐き出される言葉。

会話はかみ合っていない。


「…もし、そうするつもりならお前の…記憶を、奪わなければならない」


そういって、ルルーシュは左目からカラーコンタクトを外した。
現れたのはまがまがしい赤と、今にも羽ばたきそうな魔の鳥。


だが、アーニャはルルーシュのそんな様子をあえて無視して、ぐっと拳を握りしめて
精一杯に声を絞り出して言った。


「ルルーシュ様が、ゼロなら……」
「……?」
「私は、貴方を……護りたい」
「な……っ!?」
そんなことを言われるなんて予想もしていなかったのだろう。
ルルーシュの色違いの瞳が驚きに見開かれた。
「正気か、俺がゼロだと知った上で!?」
「だって……、昔からそうだった」
「昔……?」


遠い過去の記憶。もう貴方は憶えていないかも知れない。

けど、私は……。変わらなかった。


「昔から、ずっとそうだった。ずっと、私の主は貴方ひとり」
「しかし、お前はラウンズで……皇帝の、」
「陛下だって、ブリタニアだってどうでもいい。私が護りたいのは貴方だけ」
「……正気、か?」
「昔…約束、した。
今、貴方には優秀な騎士がいるかもしれない。けど、それでも」


一旦言葉を切り、深く息を吸って。


初めて、ルルーシュを正面から見据えて。


「それでも、私はあなたを護りたい。貴方の……傍にいたい」


必死に絞り出した言葉だった。

思いを全て込めて、伝えるにはどうしたらいいかと。


――きっと貴方は憶えてない。昔の子供の戯れ言みたいな約束なんて、きっと。


それでも。


「……ダメですか?」


―でもきっと、今の貴方は応えてくれる。
 決意の決めた優しい瞳が、そう物語っているから。―


『わたし、ルルーシュさまの騎士になりたい!』
『き、騎士!? そんな事言われても、僕はまだ……それに、アーニャだって』
『それでも、いいの! 騎士になりたい、ルルーシュさまを護りたい!』


まだ鮮やかだったあの日々を、貴方だけが私にくれた。



[end]





[2008.08.06 著]
[2015.09.29 加筆修正]

アニャルル地味に多いですね。
実際のアーニャのあれこれを知った後に読むと、
何ともいえない気持ちになります。