ひっそりと佇む白い十字架。 たったひとつ、不格好な花輪のかけられた墓石にはこの手で殺した最愛の人の名が刻まれている。 そっと白い石を撫でて、スザクは翡翠の瞳を細めて笑顔を繕った。 泣いたらきっと、怒るよね、君は。 「…ルルーシュ。あれから世界、ちゃんと変わったよ。いや、ちゃんと変えてるんだ、 僕とナナリーで。そういえば、君は前から願ってたね、僕をナナリーの騎士にって」 ずるいよ、君は。 自分の願いばかり叶えてさ。 僕の願いもC.C.との約束も置いてけぼりじゃないか。 あれから何度、僕が泣いたと思ってるの。 今ここでは君を傷つけたくないから堪えてあげるけど、 きっと少しでも離れてしまったら耐えられない。 「…君はさ。最期まで不器用に生きたね、最期まで不必要な仮面を被って。 何も君が悪になる事なかったんだ、君が死ぬ事無かったのに」 君を殺した俺に、言えた事じゃないか。 「感謝しろよ、ルルーシュ。すぐにでも後を追ってやりたいのにこうして約束護って あげてるんだから。本当はこんな仮面、投げ捨ててやりたい」 でも君が俺に託したものだと思うと、捨てる事を拒むんだ、この手が。 「あの時君を殺す約束を守ってやったのだって…どれだけ辛かったと思う?」 君は俺に何度、大切なものを喪えと言うんだ。 本当に残酷だよ。 本当に。君ほど馬鹿で残酷な人間、他に知らない。 「結局、俺の願いが叶ったのはほんの少しの間だけだったね。君は知らないんだろ、 俺がずっと仕えたいと、護りたいと願ってたのは君だったってこと」 人には惜しみない愛を注ぐくせに他人から与えられる愛情には疎い、それが君だった。 本当に、残酷なほど鈍感で残酷なほど甘かったね。 俺はずっと君を見てたのに、君を想っていたのに、君はこれっぽっちも気づきやしない。 もっと甘えてもよかっただろうに、君は出来なかったね。 本当に不器用な生き方だ。 もっと愛されてもよかっただろうに、君は気付かなかった。 本当に損な生き方だよ。 「……気付かれることだけ待ってた俺も罪だったかな、君が鈍いって知ってたはずなのに 伝えなかったんだ。それだけじゃない、逃げてたんだね、君の罪と向き合うのが怖くて」 でも君だって。 俺に謝らせてもくれなかった。 酷い事たくさんして、たくさん傷つけたのに。 君は何一つ責めることなくただただ笑って、赦してくれて、 赦す勇気がなかった俺さえも認めて、……どこまでも甘い。 君は言っていたね。世界は明日を迎える事が出来ると。 本当に、 最期の最期まで嘘ばっかりだったよ、君は。 君の居ない世界で、俺にどうやって明日を見つけろと言うんだ。 「…ナナリーの笑顔がさ、だんだん君に似てきたよ。さすがは兄妹だね…。 哀しいことだけど今のナナリーの笑顔、俺にはまったく笑えてるようには思えないんだ。 誰のせいだと思う?」 気づけないなら大馬鹿だ。 「あのあとさ…最近は見かけなくなったけど、C.C.も怒ってたよ。 あの馬鹿、親子揃って契約不履行とはって。 約束まで破って、本当にろくでもない奴だったって。初めて見たよ、彼女のあんな表情。 どんな顔、してたと思う?」 気づけなかったなら大馬鹿だよ。 「…泣いてるんだ。二人とも」 俺も、泣きそうなんだ。 「……誰のせいだと思う、ルルーシュ?」 それはね、 「……君のせいだよ…大馬鹿者のルルーシュ」 全く、本当に君は愚かで残酷で傲慢な男だ。 すべての憎しみを背負うなんて君一人には荷が重すぎるよ、俺にも分けて欲しかった。 すべての悪を背負って死んでいくなんて君は無責任だよ、約束くらい守って欲しかった。 すべての愛情に気づけないなんて、そこまで馬鹿だとは思わなかったよ、愛を知って欲しかった。 「俺はさ…今の世界が綺麗だとは思えないんだ。なんでだろうね」 みんな、みんな笑ってるのに、俺はいちばん笑って欲しい人に、幸せになって欲しい人に 明日をあげられなかった。 「夢を見るんだよ、たまに」 その時俺は、暗闇の中で泣いてるんだ。 仮面を被ってちゃ泣けないから、心がその分泣いているのかな。 「その夢の中で、必ずいつも俺を包んでくれる優しい人がいるんだよ」 ゼロは記号。 「さらさらの黒い髪でさ…。とても綺麗な紫の瞳をしてる。 まるで夕方と夜の境目の空みたいな、とてもきれいな優しい色をしてるんだ、その人の瞳も雰囲気も」 罪を背負うための。 嘘を貫くための記号。 「細くて長い腕で、優しく俺を包み込んでくれて。 長い指で涙を拭って、困ったみたいに笑って、泣くな馬鹿って言ってくれるんだ」 罪を貫くための。優しい嘘を貫くための記号。 「泣くな馬鹿、俺が悪いみたいじゃないかって。……馬鹿はどっちだよ、ルルーシュ」 罪の証。嘘の証。 「ねえルルーシュ。どうして君だけ、優しい明日をもらえなかったんだろう」 きっと君は、 当然の報いだからって言って、いつもみたいに哀しく笑うんだろうね。 欲しかったよ。 君の笑える、君のための優しい世界が。 ――すべてが終焉ったなんて思えない。―― [end] |
「……よかったのか、ルルーシュ。逢ってやらなくて」 「いいんだ、これで。俺はもうこの世界に存在しない…存在してはならない存在だから。 スザクの決意を揺らがせるような事、しちゃいけない。せっかく平和になった世界のためにも」 「………ほんと、馬鹿な奴だな、お前は」 「黙れ魔女。…行くぞ、あまり長居すると気付かれる」 「はいはい…嘘つきの魔王サマ」 嘘で造った平和。 お前が命を賭して造った優しい世界。 その世界で生きる者たちは、お前を悪だと責め立てた。 嗚呼、ルルーシュ。 私にはどうしても納得がいかないよ。 どうして優しいお前ばかりが責められて、優しいお前を誰も見てやらないんだろう。 お前の仮面が上手すぎるからかな。お前に欲がなさ過ぎるからかな。 …まあ、それも些末なことか。 今の私にはお前が居る。王の力は、お前を孤独に出来なかったらしい。 ――私も、な。 (お前ほど優しい咎人を私は他に知らないよ、ルルーシュ。) [end] |