欠けてる月は、地上を嗤う。

嘆く雨さえも、無駄だと言うように。



―散リユク桜ニ託シタ、  ―




帝国の暦で冬が終わり春を迎える頃、彼らは義務期間の学業を終えてその学舎を旅立った。


この先、大学に進んで勉学に励むのも、職を探して自立するのも、
各々の意志次第、彼らは新たな道を探して、その長い人生の第一章を終えたのだ。


一度休めた筆を手に取り、軌跡を描くのはまだまだ先の事。

描くキャンパスは空か、地上か、はたまたまったく違うどこかか。
それを知るのもまだまだ先の事。


卒業式を終えた直後の騒がしい学舎を、少年はただぼんやりと見ていた。


周りでは自分と同じく今日卒業して旅立つ同級生達が、涙を流したり笑ったり、
後輩や進路の分かれる友人たちとの別れを惜しんで語らっている。


彼がいたなら、自分もああしていたのだろうと思うと、ぐっとこみ上げる悔しさと
寂しさを堪えられなかった。


進路が分かれるから寂しい、でもまた会えるじゃないか。

卒業して分かれるから寂しい、でもまた会えるだろう。


けれど、住む世界を別ってしまっては、もう二度と再会は叶わない。


「……もしお前がいて一緒に卒業してたんだったらさ、いつもみたいに余裕ぶって
笑ってたんだろうな。そーゆー奴だったよ、自信家で本心晒すの嫌ってさ、いつも嘘ばっか」


俺まで騙すこと、ないじゃんか。
悪友だろ。

共犯者も同然じゃんか。馬鹿野郎。


世界を別った友への愚痴は、声に出されることなく嗚咽に変わった。

らしくもない。
泣いてしまうなんて、らしくない。


水晶玉は、欠けている。
過去と今と未来を写す世界は、二人分欠けてる。


その喪失に気付いている者はこの場に数えきれるほどだろう。

空は、この別れの日に相応しい爽やかな青さで、薄紅色の花弁とのコントラストは実に鮮やかだ。


「そーいや、お前の弟、この花好きだって言ってたよな。いっつも弟の事ばっか
話しててさ、俺は構わないんだけど、いつも思ってたんだよ、このブラコン!!て」


言っても認めなかったけどな、お前は。
兄として弟を大切にするのは当然だ、つって。

あれは絶対異常だった、誰も彼も気付いてた、認めなかったのお前だけ。


空の青と混じることなく、ただ違和感なく浮かんで馴染む桜の花びらがふたひら、
少年の眼前を通り過ぎた。

ひらりひらりと風に舞う花弁は、重力に逆らうことなく固いコンクリートの上に落ちる。


まるで、世界から欠けてしまった二人のよう。


先の世界で、彼らは糸を結べただろうか。
ずっと彼を想っていた彼女のことを思い出し、二人のぎくしゃくした関係も同時に脳裏を掠めた。


ただ一人、彼の事を愛称で呼んでいた少女。


あの純粋で素直な少女の恋は、一度実って、またすぐ消えた。

少女が消えて暫くしてから、彼女が想っていた彼は学生ではなくなった。


身分違い。

もう友とは呼べない場所に、彼はいた。

いつものそれとは違う、それこそ支配者と呼ぶに相応しい笑みを浮かべて
玉座に座っていた。

彼にとってきっと大切な、親友を傍らにおいて。


「なんでお前、あんなところにいたんだよ。おかしいだろ? お前の居場所はさ……」


ずっとずっと、俺のサイドカーだったじゃんか。

あの日の差す、教室の窓辺の席だったじゃんか。


ふと、卒業生代表の言葉を思い出した。


式中もずっと思っていたものだ、何故ここに彼がいないと。

彼がいたならば、あの性格のひねくれた秀才がここにいたならば、
きっと壇上に立ったのはあの男じゃなくて悪友だった。

いつものすかした笑みで淡々と人を泣かすのだ。特に女子を。
小論文が得意だった、きっと作文も演説も。

――演説の腕に関しては、既に証明済みだけれど。


証書授与の時のことを思い出す。

無機質なアナウンスの声を聴いて、胸中では違う違うと否定し続けた。
卒業生全員に証書を渡し終えたと、飾った言葉を講堂に響かせたあの声を、
自分は否定した。

違うんだ、足りないんだ、二人足りない、違う、三人、
三人、足りなかった。


彼と、彼女と、彼の親友。


「……お前さ。なんであんなこと、したんだよ」


世界を、敵に回して。

世界を、その掌中に納めて。

世界を、力で支配して。

お前らしくもない。


――あんな面白い事すんなら、なんで誘ってくんなかったんだよ?


ひらりひらり舞い散る花弁に、この声を託せるなら。

ぐるりぐるり廻る空に、この声を響かせるならば。


ふらりと、担任教諭がハンカチで涙を拭いながらすたすたと早足に歩いていくのが見えた。


はっと思い立って、少年は駆け出した。

無意識だった。気付いたら、脚が動いてた。


証書を持った腕を振って、ぼろぼろと涙を流してる人混みをかき分けて、
まっすぐ教師の方へ駆けていく。

足は速いほうじゃない、けれど今は、相手がどんなに早く進んでも追いつける気がした。

心が力をくれる、そんな気がした。


余計なお節介とか、言うなよ!!


胸中でそう呟いて、空に届けたかった。


「先生!!」


声を張り上げると、教師は流れていた涙を慌てて止めようとして、
明らかに動揺した様子で振り返った。


「な、なんだカルデモンド」
「卒業証書!!」
「…は? お前はもうもらっただろ、さっき、式でちゃんと」
「そうじゃなくて!!」
「…じゃあ、なんだ」
「あいつの分…ください。あいつの、ルルーシュの」


悪友の名を口にした瞬間、空気が凍ったのがわかった。

担任であった男は、気まずそうに視線を泳がせて、周囲の人間もまた然り。


「……な、なぜ」
「あいつだって、俺たちと一緒なんだから、もらえて当然だと思うんです」
「一緒なんかじゃない、ルルーシュ…様、は…ルルーシュ陛下は」
「あいつ、皇帝なんかじゃねえよ!! 陛下なんて呼ばないでくれよ先生……。
あいつ、皇帝なんていう偉いやつじゃねえし立派なやつでもねえ!! ただの、ただの…
俺たちと同じ、学生だ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアなんかじゃないんだよ、俺たちと
一緒に学生やってた、生徒会副会長で嫌みなサボリ魔の、ルルーシュ・ランペルージなんだ!」
「カルデモンドッ! いくら前皇帝陛下が亡くなったからといってそれはふけいざ、」
「不敬になんてなるもんか!! だってそうだろ、クラスメイト罵倒したからって不敬罪なんて
言わないだろ!! あいつは…ただの、ルルーシュなんだ。悪逆皇帝なんかじゃ、ないんだ」
「……カルデモンド…、お前」
「名前入ったのがないんだったら、名前がなくてもいいです。予備のでいいです、
なかったらコピーでもいい、だから、俺たちと同じ証書をください」


周囲の空気は相変わらず冷たいままだった。


悪逆皇帝と呼ばれ、世界の悪を背負って正義の味方に殺された男を、皇帝と認めない。


普通なら不敬に当たる発言を連発する男を、周囲は馬鹿にして嗤っていた。

一部の者は、遠のいて消えていったかつての級友を思い出して涙腺をゆるめた。


それでも、そんなことに構ってなんていられなかった。


「…お願いします、先生」
「………わかった、お前も卒業していくんだ、最後の我が儘、聞いてやろう」


教師は、あんなにも狼狽していた教師は、少しだけ安堵したように、嬉しそうに笑った。


教師から受け取った三枚の証書それぞれに、マーカーで彼らの名前を書いた。


汚い字、式で受け取った証書と比べれば酷く乱雑な字で、彼らの名を綴った。

シャーリー・フェネット、同じ生徒会にいた明るい少女。

枢木スザク、これも同じ生徒会にいた、ちょっと空気読めないけど、優しくていい奴。


そして、ルルーシュ。

ルルーシュ・ランペルージ、生徒会の副会長だった、自慢の悪友。

ちょっとサボりグセがあって性格が歪んでて、頭が良かった、自慢の悪友。


「これでお前らも、俺らと一緒な」


誰も居ない静かな教室、ここで共に過ごした学生生活、楽しかった。


陽の当たる温かい窓辺の席で、肘を突いていつも寝てたあいつ。
そんなあいつを、ぽやーとした目で見ていた、恋心を隠せない不器用で純粋な女の子。
寝てるあいつを、遠慮なしに突いて起こす空気を読まないあいつの親友。


目を閉じれば、彼らの声が聞こえる気がした。


思い返す彼らは、笑顔のままだった。

一体どういう顔をして、彼らは逝ったのだろう。
どういう想いで、彼らは逝ったのだろう。


幸せだった? 辛かった? 嬉しかった? 悲しかった? ――笑って、いたか?


あいつがいつも寝てた窓辺の席に座った。


――嗚呼、これが。お前の見てた、景色なんだ。


目を閉じたままその席に座れば、まだ、彼がそこにいるように思えた。


『座るなら自分の席に座れ』


文句を言いながらも笑ったような声が鮮明に蘇る。


「……俺さ、お前と一緒に、卒業したかったよ」


なんで逝ったんだよ。


目頭が熱くなって、鼻の奥がつんとした。

何かが溢れ出てしまうような気がして、うつむき加減だった顔を上げる。
真白い天上を仰いで、目を閉じたまま思い浮かべる。


「お前と一緒に、いたかったよ」


なんで逝っちまったんだよ。


「お前はさ、頭いいくせに馬鹿だし、体力ないしで、ちょっと走っただけで息切らすし」


なんで一人で走ろうとしたんだよ。


「だから俺がお前を乗せていきたかったんだ、自慢のサイドカーに」


なんで俺には何も言ってくれなかったんだよ。


「あのサイドカー、お前のために買ったようなもんだったんだぜ」


そんなに俺は、頼れないのかよ。


「……証書、名前書いたはいいけど、どうすりゃ届くのかな」


独り善がりな、お前のもとへ。


「あーあ、俺わかんねーや。馬鹿だもんな、どーせ」


頬を、温かい何かが伝い落ちた。


少し安心した気がして、強がってた顔を下ろして、目を開いて窓の外を見た。
青い空、風に揺れる木々、ひらひらと風に乗って流れてく春の花。


あの花に託せば、

届く気がした。


嗚呼、風よ、この声消さないで。
嗚呼、空よ、この声隠さないで。
嗚呼、花よ、この声を、届けて。


嗚呼、友よ、この声に耳を、傾けて。

凪ぐ風よ、この想いを消さずに。
包む空よ、この想いを溶かさずに。
散る花よ、この想いを載せて。


笑う友よ、

この想いに、気がついて。


――I want you , you're next to me every time.――



[end]






[2009.03 著]
[2015.09.30 加筆修正]

この年、卒業だったんでしょうかね、私。

同じ学び舎で青春を共にしたはずの友が卒業式にはいないというのは、
取り残された気がして寂しくなりますよね。

最後の英文は加筆修正に当たり書き換えました。
が、英語など読みも書きも久しくやっていないので、あまり自信はないです。