ヒトという生き物は、うしなうまで気付かない。 だからこそ、先人はいう。――気付いてからでは、遅いのだよ、と。 髪を結って欲しい。 そう、らしくない我が儘を言った。 傲岸不遜だの、高飛車だのとはよくいわれるし、自覚もしている。 長く生きていれば神経も太くなる。 他人であそぶくらいしないと、暇で暇でやっていられない。 普段、他人を振り回すわがままは、もっと傍迷惑で自分勝手だった。 自覚はしている。 この頼み事も、とどのつまりは自分のためなのだから、自分勝手なことに変わりはない。 しかし、頼んだ相手――ルルーシュにもいわれたが、柄にもなく、少女らしいことをねだったものだ。 「……珍しいな、お前がこんな可愛らしいことをねだるなんて。 しかも、リボンや櫛まで用意して。驚いたよ」 「ふん、たまにはいいだろう? ……それに、好きだったじゃないか」 「……、あぁ……そうだな」 妹の髪をいじってやるのが。 直接言ってやれば、この男は顔を歪めるだろう。 悔しげに、悲しげに、そして、ぶつけるアテのない想いをもてあますように。 これまたらしくもなく彼を気遣って隠したつぶやきに、聡い彼はしっかりと気が付いて、 驚いたように目を見張った。そして、どこか困ったように苦笑した。 顔を歪めないのは、彼の決意の強さの表れか。 ――それが、私の心を痛めるのに、お前はきっと気付いていないのだろうな。 「お前が、寂しがって居るんじゃないかと思ってな。それと……」 「?」 「お前の指が、恋しくなった。髪を結っているときのお前の優しい手が、私は好きだったからな。 見るのではなく、感じてみるのもいいかと思ったんだ」 「本当に珍しいな……どうしたんだ、今日は?」 お前らしくもない、と言っているようなルルーシュの言葉に、今度はC.C.が苦笑した。 まったく、失礼な男だ。 ――私も女なんだぞ。大切な人間の前でくらい……、甘えたくなってもいいだろうが。 それに。 「なに……思い出が欲しくなったのさ」 「……?」 「お前が、この世界から居なくなるまえに。お前の体温を私が失うまえに。 この世界に間違いなく生きてきた、お前を、感じておきたかった」 「! ……、本当に、らしくないことを言う。俺が困ってしまうじゃないか」 「らしくない、とは酷いな。これも私だぞ……お前が、気付かなかっただけだ」 鮮やかな若葉色の髪に、優しく触れる、繊細な指先。 このあまりに優しい手で、多くの人を殺めてきた、優しく残酷で、愚かな男。 その男の短い生涯の傍らに、ほんの少しの間佇んだ魔女。 魔女は想った。 それまで抱いた事もない感情を抱いた。 この男を失いたくないと、強く願い、そして同時に、それは叶わぬことなのだとも痛感した。 それほどまでに、彼の決意は強かったから。 叶わぬならせめて、生きている彼の優しさを、感じておきたくなった。 彼が、ルルーシュが、愛しいから。 「……できたぞ。C.C.」 「なんだ、早いな」 「慣れているからな」 後ろから手渡された手鏡で仕上がりを見ながら、形を崩さぬように、結われた髪にそっと触れる。 優しい手に編まれた、髪。 この一房に、このリボンに、少しでも優しさの面影を残せたら。 それが、嬉しいと思える。 「どうだ?」 「悪くない。…ありがとう、ルルーシュ」 振り向いて、笑いかけたら。 そっと唇に、柔らかい感触がふれた。 「生きている俺との、思い出……だろう?」 「……生意気だぞ、ルルーシュのくせに」 嗚呼、ほんとうに。 愛しく想う。 [end] |