有明をのぞむ




秋晴れの空を見上げ、雲を数える。

重厚で壮大な白、うっすらと線を残す影の白。

ぼんやりと浮かぶ真昼の月は、淡く儚いながらも、薄い青の秋空でその存在を主張する。


「……なぁ、一度くらい会ってやってもいいんじゃないかと思うんだが、やはり譲れないか?」


伸ばしっぱなしの髪をゆるく結び、肩にかけた男に問いかける。

男は読んでいた本から顔を上げずに視線だけをC.C.の方へ向けた。
その瞳が一瞬、寂しげに揺らいだのをC.C.は見逃さなかった。


「何だ、やはり意地を張っているだけか」
「……うるさい」
「5年もかけて世界をまわって、それでもお前は成長しないな」


鼻で笑ってやるのはわざとだ。
下手に憐れむ方がかわいそうな時もある。

優しさも同情も必要ない、それがC.C.と男――ルルーシュの間にある感覚だった。


そもそも、同情の余地がある話ではないのだ。
全てこの男の頑固さと融通のきかなさによるもので、自業自得の因果応報でしかない。
そこにイレギュラーがあったとすれば、この命は5年前のあの瞬間に終わるはずだったということだけだ。


「……いまさら、どのツラを下げて会いに行けると言うんだ?
あいつにも、ナナリーにも。俺がいないなりに、あいつらはちゃんと頑張ってあいつらの道を生きている」
「だから会えないとでも?」
「あの瞬間、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだ。それが世界の真実で、あいつらの現実だ」


顔を上げないルルーシュの意識が本に集中できていないことなど、横顔からでもわかる。


この男は、自分で思っているほど器用ではない。

隠しているつもりの感情や想いは、いつも首をもたげてその存在を主張する。
真昼の月のように、淡いように見せておきながらその実、なかなかに苛烈だ。

その苛烈さゆえに、この男は傷つけ傷つき、壊し壊され、世界と戦うことになり、
親友に憎まれ、あげくには妹と敵対する羽目になった。

あまりにも不器用すぎる生き方に、愛しさが芽生えた瞬間もあった。


「いつになったら、お前は自分を許せるんだ? ルルーシュ」
「さあ、いつだろうな。その頃には、あいつらに会うことなんて叶わぬ夢だろうさ」


そう言って、本を閉じる。

すっと顔を上げ、空を見上げる。
風に流れる雲を眺め、遠くに浮かぶ月を見やる。

ずっととなりで見守ってきた、その横顔。
愛しい、と想う瞬間が降りる。


「……会いたいと願う時がきたなら、どこまででも付き合うさ」
「何だ、急にしおらしい。気持ち悪いな」
「ひどいことを言う。これでも私は、お前のことをそこそこ愛しいと思っているんだぞ」
「……嫌いな人間と5年もいられるほど、お前の心が広くないことくらい知っているよ」


俺だって嫌いじゃないんだからな、と言うルルーシュはやはりこちらを見ない。


「ああ、そうだ。私の心は広くなんかない、お前以外のわがままなど聞いてやらないよ」
「よく言う。お前が俺の言うことを聞いてくれたことなど、数えるほどしかないだろうに」
「数える程しか、お前が私に願わなかっただけだ」
「……ふん、」


冷たい秋風が通り抜ける。長い髪が風に揺れた。


「なあ、ルルーシュ」
「何だ、C.C.」
「空は、どこまでもつながっているらしいぞ」
「……、」
「あの薄い月を、あいつらも見ているといいな」
「……そう、だな」


小さな声でこたえたルルーシュの口元が、やわらかくほころんでいたことを知っている。


ああ、本当にお前はどこまでも、嘘がヘタな男だ。



[end]






[2013.09.28 著]
[2015.10.01 加筆修正]

世界一優しい嘘つきに捧ぐ。


ゼロレクイエム5thで書いたもの、ですが、
日の目を浴びずにここまで来ました。初公開です。

結末としてはルルーシュ死亡説を支持します。
が、もしも生きていてくれたら、とも思ってしまうのです。
もしも生きていたなら、平穏に過ごして欲しい。