Dear Sweet Liar.




・手を伸ばしても届かない・




貴方がこの世界を去ってから、五年の月日が過ぎました。


貴方のことを思わない日はありませんでした。


貴方が遺した言葉が想いが、祈りが、私に忘れさせてなどくれなかった。
それがなくても、忘れたくなどなかったけれど。


貴方が私に、憎めと言ったから。
許すなと、そう言ったから。


私はずっと、貴方に囚われて生きている。


おかしなものですね。


昔のほうが、いつでも貴方はそばにいたのに。

いなくなってしまった現在の方が、貴方を近くに感じるのです。


あの頃、貴方は私の傍らにいてくださいましたけど、
心はいつも遠くを見ていましたね。

それはきっと私のための未来でしたけど、
手の届かない遥か遠くまで貴方の心がさらわれているみたいで、
私はいつも寂しかった。


現在は違うのです。

いまここにいない貴方は、
過去のどの時間よりも私を囚え、私に囚われてくれている。


私が貴方を許さない限り。
私が貴方を憎む限り。
私が貴方を忘れない限り。

――私が貴方を愛する限り、私は貴方を喪わない。


愛しています。
ずっとずっと、誰よりも、大嫌いで大好きな、私の唯一……お兄様。


今日だけは、貴方のために泣くことを許してください。

生まれてきてくれて、この世界に生きてくれて、私を愛してくれて、ありがとう。

貴方が生まれたこの佳き日に、私は今だけ世界を愛せる。


《ナナリー・ヴィ・ブリタニア》


・目を閉じて、あなたを想う・




冷たい風に、冬の匂いが載るのを感じる。

今年もこの季節がやってきた。


冷える手で風になびく髪をおさえながら、
一年に二度訪れるその大地を踏みしめる。

人気のない無人の島の、海に面したその崖に二基の墓碑がある。

冬の海風は鋭く刺さるように体を冷やす。
しかし、C.C.はこの日だけはこの場所で1日過ごすと決めていた。


二基の墓碑、片方に眠るのはかつての共犯者だ。


馬鹿な男だった。

愚かな兄で、身勝手で、残酷なまでに優しくて、
冷酷になりきれない甘さを持つ、脆い男で、
そしてC.C.の知る限り最も優しい嘘つきだった。


男の願いも自己犠牲も、その大半は報われず踏みにじられてきた。

最愛の妹のための決意も、
大切な場所を守るための覚悟も、
導いてきた民衆へ応える決起も、
最後は敵に味方に蹂躙されて叶わなかった。


しかし、それすらも些末なことと言えるほど大きな願いを
彼は命を賭して叶えて逝った。


あまりに華々しい最期だった。

男が生きてきて、裏切り傷つけ壊してきたすべてに購うために。
男が生きてきて、人に世界に奪われてきたすべてをさらっていくために。

男は“世界に”命を捧げた。

その男が、C.C.のただ一人の共犯者であった男が――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが、
ここに眠っている。


冷たい墓碑に背中を預け、夜明けの空を眺める。

いつかのルルーシュの瞳のような、深く優しい色が一面に広がり海に反射していた。

目を閉じて、海風を感じれば、冷たい風の中に微かな温もりを拾う。
背中の墓碑に、あの愛しい存在を感じて、思いを馳せた。


「……なあ、ルルーシュ。どんなに偽っても……
おまえがこの世界にいたことは、消せない真実なんだよ」


どんなに偽ったって、嘘を重ねたって、隠せない想いがあり消せない思い出がある。

彼が愛し、彼を愛したすべての人のなかで、ルルーシュは悪逆皇帝たりえない。


それはC.C.とて同じだ。


「お前を愛していたよ、ルルーシュ。……生まれてきてくれて、ありがとう」


この深く淡い有明の空に、この祈りが届けばいい。
あの男が死するまでそうあり続けたように、C.C.もまた願う。
12月5日、その日の月が沈むまで。


《C.C.》


・目と鼻の先・




重い衣装を纏う。
マントを羽織る。重い、仮面を被る。

――彼の想いと願いを、背負う。


忘れられない剣の重さ、
細い身体を貫く感触、
浴びた血の温かさ、
鉄の臭い。


彼を殺したあの日が、まとわりついて離れない。
手放せない確かな死の感触。

その重みを背負って初めて、スザクは生きていけている。


ルルーシュを憎んでいた。
許してはいけない。

ユーフェミアを殺めたゼロを、誰が許してもスザクだけは許してはならないと
心に戒める。


ルルーシュを守りたかった。
ただ小さな幸せを願っただけの、スザクのただ一人の親友を守りたかった。

幸せになって欲しかった。

殺したいほど憎かったのに、気高い白を纏ったルルーシュの
真っ直ぐな紫玉に射抜かれて「俺を殺せ」と命じられたあの瞬間、嫌だと思った。

殺したくない、死なせたくない、生きていて欲しい
君は生きるべきだ――強く、思った。


どうしてかはわからない、ただ、彼は死ぬべきではないと、
そう思わずにいられなかった。

許してなどいなかったのに。しかしスザクの想いを遥かに越える強さで、
ルルーシュは願っていた。

その意志にスザクは勝てなかった。


今ならばわかる。

スザクは殺したくなどなかったのだ。

幸せになれないまま、奪われ続けたままの彼を。
すべてを失っていた可哀想な男を。

与えたかった。
裏切られ続けた彼に生きる意味を。

死にたがりの自分が、誰かに生きる意味を与えたいなどと、なんと傲慢なのだろう。
しかし彼も傲慢だ。

だから許して欲しい。


寒く寂しい冬の1日を、彼への想いを抱き締めてスザクは過ごす。

身に纏った重さに、いつよりも近い彼の存在を感じながら、彼の遺した願いのために。

ただ一筋だけ、誰にも拭われることのない涙を餞に、
彼がこの世に生を受けたその日を祝いながら、彼に望まれた命を生きる。

《スザク》


・触れ合う温もり・




ねえ、ルルーシュ。私は貴方を幸せにできたのかしら?
――ああ、救われた。君の優しさには救われたよ、それは確かだ。


ねえ、ルルーシュ。私は貴方を傷つけてはいなかった?
――傷ついたかもしれない。君の無邪気な善意が、
無自覚の悪意に見えた瞬間も、確かにあった。


ねえ、ルルーシュ。貴方は私を憎んだかしら?
――憎かったこともある。だが、愛していたよ。それは真実だ。


ねえ、ルルーシュ。貴方はいま、幸せかしら?
――……、不満はないよ。世界はひとつになり、愛した人々は生きている。


ねえ、ルルーシュ。

ねえ、ルル。

ねえ、兄さん。


もう泣いてもいい、わがままを言っていいんだよ。
言ってごらん、願ってごらん――きっと叶えるよ。


私たちが貴方にもらった温もりを幸せを、どうか返させて。

その手に触れる瞬間が、
心に触れる奇跡が起きたから――その奇跡を、地上で泣く彼らに分けてあげよう。


今日は貴方の、誕生日なのだから。


《ユーフェミア、シャーリー、ロロ》


・繋いだ手と手




大人になった。きれいになった。
いつか俺じゃない誰かを愛して幸せになるであろう君に――最愛の妹、ナナリー。


約束を果たせなかった。
いつまでも変わらない、その姿と心で
きっと誰にも殺されず生き続けてしまうお前に――唯一無二の共犯者、C.C.。


奪われ続け裏切り続けた末に、仇敵たる男に囚われ、
憐れみ生き続ける哀れな男――最悪の敵にして最高の騎士だった、枢木スザク。


いま、生きていてくれてありがとう。
お前たちに出会えてよかった。


一陣の風が過ぎる。

冷たい湖畔の庭園で想う凛とした女性の柔らかい髪をさらい、
孤島の断崖で海風に想いを託した魔女の頬を撫で、
かつての王宮の中庭で空を見上げていた仮面の男を包み込んで、
一瞬だけ舞い降りる。


彼が生まれ愛した世界と、彼を愛する全ての人から、
一年に一度の感謝と祈りを載せて、陽は昇り月は沈む。


―― All Hail Lelouch. ――


Happy Birthday, dear Lelouch!
Thank you for your birth, and we love you forever.



[end]






[2013.12.05 著]
[2015.10.01 加筆修正]

ルルーシュ生誕祭2013。

pixivにあげていたものです。
自作お題(二人の距離で5のお題)に沿って書いてみました。