紅という色が嫌いだった。ずっとずっと、見るたびに辛いから。



変わる世界
―気づくなら君の隣で。―




かつて、自分が犯した罪はとてつもなく重いものだった。

死にたいと望むほどに。

裁きと称した逃避、自らが犯した罪を命とともに投げ出して逃げてしまいたいと
渇望するほどに、それほどまでに自身が犯した罪は重くのしかかってきた。


希望も何も失った。

守りたかった者を自らが放った言葉で、命令で壊してしまったから。


元々、色をもたなかった世界。


そのころの僕は世界というものに興味を持てなかった。

愛されないから。

だのに、僕は世界を責めた。


命の代わりに記憶を失ったあともなお、色のない世界を責めるばかりで彩ろうとしない自分がいた。
色を付ける方法が、わからなかった。


憎かった兄たちも殺し、兵たちを死なせ、敵兵を惨殺した。

最愛の妹も、大好きだった母親も、信じてついてきてくれた民衆たちも。

この口が紡いだ命令が、望まぬ命令が壊してしまった。

暴走した力のために。


気づけなかったなんて言い訳でしかない、すべて僕の罪。


逃げることは許されない。

あのとき死のうとした僕を止めた契約者は、契約のために死なせないと言って僕を眠らせた。


けれどあれはきっと、罰だった。


時を経て、目覚めた世界で、初めて色というものを知った。


教えてくれる人がいた。

愛してくれる人、必要としてくれる人、求めてくれる人。

励ましてくれる人。

出会ったのは偶然だったけど、
ひょっとしたら必然だったんじゃないかとも思えるほどに愛しい人たち。

運命だなんて陳腐な言葉で済ませたくはない。


それまでの僕が見ていた世界には、白と黒しかなかった。

もう一つあったのは、戦場の紅。


敵も味方も、兄も妹も母も、皆、息絶えればその体は赤く染まった。


色なんて知らなかったはずなのに、僕は赤という色だけを知っていた。


血にまみれた敵を、兄を見て、醜いと侮蔑した。

血にまみれた味方を、母を、妹を見て、汚いと思ってしまった。

血にまみれた愛しい人を見て、悲しいと感じた。

視界がぐにゃりと歪んで、次に聞こえたのは自分の上げた声とも呼べない、
空を裂くような叫びだった。



そっと手を伸ばして、さらさらした髪に触れる。


無意識に伸ばした手は愛しい人の髪を撫でていた。


「…ひゃっ…ライ? どうしたの?」


いきなり髪を撫でられてびっくりしたのか、彼女はその青い瞳をぱちくりさせて僕の方を見る。


僕はそれを見てくすりと笑い、彼女の髪を一房、そっと優しく指の腹に乗せたまま
ぽつりとつぶやくように言った。


「………紅、だな」
「…え? あ、ああ、私の髪の色ね。
そう、紅なの。私はずっとこの色が嫌いだった。日本人だって思っていても、
この髪と目だけブリタニア人の色だから……」
「…僕も、紅は嫌いだ。赤を見ると悲しいことやいやなことばかり思い出す。
戦場もいつも赤だ。……けど」


そこで一旦言葉を切って、カレンの瞳を今度は正面から見つめて、
彼女の髪から手を離してから、続けた。


「カレンの紅は好きだな。優しい色をしていて……傍にいると、安心できるから」
「えぇっ!? ばっ、ばか…恥ずかしいこと言わないでよ……」


そう言って、カレンは顔を真っ赤にしてぷいっと顔を背けてしまった。

俯き加減で微かに伺える表情は照れているようで、少し嬉しそうだった。


「……ありがとう、カレン…」


小さい声で。

彼女に聞こえないような小さな声で、呟いた。


「何か言った?」
「いいや、何も」


――ありがとう、カレン。

白と黒、そして血の紅しかなかった僕の世界に優しい色を、与えてくれて。



*****side:ライ*****



自分の紅が嫌いでした。私の誇りを汚すから。

けれど、今は。



変わる世界
―見つけるならあなたと共に―




お母さんとはまったく違って、お兄ちゃんとも微妙に違う私の紅い髪。

きれいと言ってくれる人もいるけれど、ブリタニアの色と侮蔑される青い目。

ずっとずっと嫌いだった。


日本人だってことを誇りに思っているから、この身体に流れるブリタニアの血が忌々しい。

なぜ、なぜこんな色をしているの?
私もお兄ちゃんやお母さんと同じ色がいい。日本人の色がいい。


紅なんてきらいだ、青だってきらい!!


生まれてくるなら、黒い髪黒い瞳がよかった。

周りの人たちの持っている色がうらやましかった。


ブリタニアに占領されてエリア11と呼ばれるこの土地で、
今は日本人はブリタニア人に迫害されている。

もともとは彼らの、そして私たちの国だったのに。

侵略してきたのはブリタニア人。


それなのに、この国の資源はすべて侵略者のために消費され、
侵略者は日本人を追いつめて傷つける。


なぜ。


大嫌いなこの紅も青も、ブリタニアの血も、今の安定した生活を与えてくれる。


いらない。こんなものいらない。


ブリタニアと一緒にのうのうと暮らすなんていや。

私はゲットーでいい、イレヴンでいい。

いずれ日本を取り戻し、日本人として暮らせるのならそれが一番いい。


ブリタニア人として暮らすなんていや。


父親の名、シュタットフェルトの姓なんかに支えられて暮らしたくない。


けど、今は少しくらいなら感謝してる。


彼に出会えたのも不本意だけど、ブリタニア人として学校に通っていたから。

学園の生徒会長と副会長が倒れていた彼を保護してくれたから。


彼のことも、最初はブリタニア人だと思って嫌いだった。

けど、彼の失った記憶を探すために一緒に歩くうちに、話していくうちに、
不思議と彼に惹かれていった。

この人は日本人を差別しない。

考え方が私たちに近い。


記憶もないし身元も不明。もしかしたら、彼も日本人かも。

いいえ、日本人であってほしい。


そう願っていた。

けどきっと、彼が日本人なんかじゃなくても私は彼を好きだったから
そんなこと、どうでもよかったのかもしれない。


じっと、隣にいる彼の横顔を見つめてみた。

こうして見ると改めて、ほんとうに整った顔立ちだと思う。


書類とにらめっこする彼の瞳をのぞき込んでみる。

きれいなブルー。


私の大嫌いだったいろ。

私と似たいろの瞳。


「……カレン、どうかしたかい?」
「え、あ、いや、なんでも……ちょっと…ライの瞳、きれいな青だなーって…」
「そ、そうかな? 僕はカレンの瞳の方が好きだけど」


ほんの少し照れて微笑みながらそう言う彼がほんとうにすき。

愛という感情を初めて覚えた。


「……この前、さ」
「ん?」
「私の髪の色、好きって言ってくれたよね」
「ああ…言った、かもしれない」


そう言って、恥ずかしそうに視線を泳がすライ。


覚えてるくせに、今更照れることなんてないのに。

言われた瞬間の方がよほど恥ずかしかったと思うけど。


「私もね……。ライの瞳の色、好き。
髪の色も好きだけど、ライの深いブルーをした瞳が大好きなの」
「…あ、ありがとう。なんだか照れるな……」
「ふふっ…昔はね、青も嫌いだった。
日本人なのにブリタニア人みたいな色した自分の瞳の色がすごくいやだったの。
でも……」
「?」


すぅ、と息を吸って、こちらを向いているライの瞳をまっすぐ見つめて、
素直になる。


「でも、今は青も好き。ライの瞳見てたら、
今まで嫌いだったことが信じられないくらいに好きになった」
「そう、なのか……」
「何よ。リアクション薄いわね」
「いや……照れるよ、そういうのは……」
「この間、ライが言ってくれたのと同じようなこと言っただけよ? 本音なんだけどね」
「……そんなに恥ずかしいこと言ってたかなぁ」
「言ってた言ってた」


こんな風に、自分の持つ色を好きだと言って笑えるようになったのは
きっとぜんぶ、あなたのおかげ。


今まで誰にほめられても嬉しいなんて思えなかったのに、
あなたに好きだって言われたこの色が急に愛しくなった。

嬉しくなった。


だから。


「……ありがとね、ライ…」


彼に聞こえない小さな声で、こっそりと言うの。


「何か、言ったかい?」
「ううん、何も」


――ありがとう、ライ。

ずっと嫌いだった自分の色を初めて好きだと思えたのは、
あなたという人が私に新しい色を教えてくれたから。



*****side:カレン*****

[end]






[2015.10.02 加筆修正]

ライカレ。
カレン関係のNLでは断トツのライカレ推しでした。