お前の手は、綺麗であったはずなのに。



眠る君の横顔に




学園の制服。
綺麗にたたまれたそれを抱えて、ルルーシュはだだっ広いクラブハウスの廊下を歩いていた。


目的地はある人の部屋。

普段は軍務が忙しくて滅多に帰ってこない、きっと今日も居ないのだろう。


どれだけ広くとも歩き慣れたその道を、
ルルーシュは迷うことなくかつかつと靴音高らかに少しいらついたような表情で歩いた。


別に、彼に対して怒っているワケじゃない。

怒る理由などどこにもないのだから。

軍に所属する、それは彼自身が望んで選んだ道で、それを責める権利など誰にも有りはしない。

――そう、ルルーシュがゼロとして歩む道を止める権利が、誰にもないように。


ぼんやりとそんなことを考えているうちに、彼の――ライの部屋の前まで来た。

自動で開くタイプのドアだからノックをする必要はない。

ロックは掛けられていなかった。

ルルーシュがドアの前に立つだけで、その扉は無機質な音を立てながらルルーシュを受け入れた。


(不用心なやつだな……。いくらクラブハウス内とはいえ、もう少し用心してもいいだろうに。)


まあ、今日に限った事じゃない。


普段部屋の手入れを出来ないライに代わって掃除なりなんなりしてやってるのはルルーシュで、
それを言い出したのもルルーシュだ。


別に深い理由はなかった。

ただ単に、自分が暮らすのと同じ場所で人が住んでいるにも関わらず
それを感じられないような部屋があるのがいやだっただけだ。


別に、メイドの咲世子に頼んでもよかったのだがそれは何故か、
自分がやらねばならないような気がした。


本当に、深い理由はないのだが。


開かれたドアから何の躊躇もなく部屋にはいると、微かにだが違和感を覚えた。

いつもと違う。


「……? …あ……」


どおりで、違うはずだ。


人がいる。

この部屋の住人が居る。


一瞬、部屋荒らしにでも遭ったかと思ったがその可能性は元から低かった。

ドアのロックはかかってなくても窓の鍵くらいはかけているし、
そもそも名だたる貴族の子息令嬢が通う学園の敷地内の警備はそこそこ厳重だ。


部屋の物の配置が変わったのかとも思ったが、それも違う。

物の配置が換わって違和感を感じるほど、この部屋に"物"は置かれていない。

単純な事だった、整えられていたベッドの上で寝息を立てる少年が居るだけだ。


「……こんな顔も出来るんだな」


ぽつりと呟く。


会長と一緒にこいつを保護したばかりの頃はもっと硬い顔ばかりだった。


寝顔を見る機会なんてなかったし、あったとしても近づいただけで起きてしまうほど
張り詰めた空気を漂わせていた。


最近は、少しだけそれが和らいだように思える。

表情も柔らかくなったし、纏う雰囲気も優しいものになった。


「スザクと、軍関係者のおかげか……」


口に出してみて少しだけ悔しい気がしてしまった。


「そんなに居心地がいいのか…? ブリタニア軍は」


別に、自分が悔しがる理由なんてないはずなのに。

出逢ったばかりの頃、自分の態度がとげとげしかったせいもあるのか
彼と話す機会があまりなかった。

無意識なのだが、ひょっとしたら寄ってくるな関わるなといったような空気を自分が持っているのかも知れない。

そのせいで、彼はルルーシュにあまり話しかけなかったのか。


昔は個人主義だったのに再会してからは随分と物腰の柔らかくなったスザクは、
自分と比べれば随分とやわらかい雰囲気だし話しかけやすいのかもしれない。


それとも、自分と違って積極的に関わりを持とうとしていたのか。

彼はスザクとばかりいた。
最初はそんなに気にもならなかった、
少し寂しかったのも親友をとられたような気がしていただけだと思っていたのだが。


ただ彼がクラブハウスに住むようになって、ナナリーが彼を強く気に掛けて、
なんとなく声を掛けてみたら、思ってたよりもいい奴で、意外と親しくなった。


まあ、一つ屋根の下に暮らしているのだから仲良くなれなかったらそれはそれで哀しいのだが。


洗濯して持ってきた制服を机の上にそっとおいてやる。


なんとなくベッドの上に視線を向けてみると、
そこには現役軍人とは思えないようなあどけない寝顔の少年が居る。

すぅすぅと寝息を漏らす彼の胸は、微かに上下していて、
ああ、生きている人間なんだと当たり前の事を思う。


机の前に置かれている椅子を持って行って、何となくベッドの脇に座ってみた。

近くで見るとますます軍人とは思えなかった。
無防備で、子供のような寝顔。


(軍人のくせに…前より馴染んだのはいい事だがあまり人気に鈍いと命取りだぞ……)


それとも、安心してくれてるのだろうか。


髪を撫でたら、さすがに起きてしまうか。

そこまで鈍かったら本当に仕事で死んでしまう。


疲れていてなんとなくベッドに転がったら熟睡してしまったというところだろう、
その証拠に着ている服は上着を脱いでネクタイをゆるめただけで軍服のままだ。
Yシャツに皺が付いている。


(跡になったら格好付かないだろうに。洗濯したときに念入りにアイロンを掛けてやるか。)


ふ、と思わず笑みを漏らしてしまう。

起こしてしまったら悪いと思って、触れる事は諦めた。


ぼんやりと寝ている姿を眺めていると、彼の身体が意外と傷だらけな事に気付く。


(……怪我……。もったいないな、綺麗な肌をしているのに。)


手も、胸元も。

窓から差し込む夕日の赤い色を受けて、赤がよく映える肌は余計に白さを際立たせた。


(…腕、拾った頃よりたくましくなってる。)


軍務の成果だろうか。

確か、技術部だといっていた。重い荷物でも運んでいるのだろうか。


(…脚も、ズボンで見えないけどきっと腕と同じ様な感じになってるんだろうな。)


軍人なのだから、自分なんかとは比べ物にならないほど肉体は鍛えられるだろう。

スザクもそうだ。
時が経ったせいもあっただろうが、随分と立派な体つきをしていた。


細身で華奢なルルーシュから見れば、男として少し羨ましくもある。


(でも怪我。……こんな怪我をするような危険な職場で…記憶を取り戻す前に命を
喪ってしまったらどうする。)


きっと軍にいる事も、記憶探しの一環なんだろうが。


するり、とルルーシュの指が無意識に、ライの手の傷を撫でていた。


「……ん………」

「…あ……すまない、起こしてしまったか」


触れたら起きるだろうからと思っていたはずなのに。


「…る…るーしゅ……?」


まだ寝ぼけているのか、ぼんやりとした妙に色っぽい声でルルーシュの名を呼ぶ。


「今、何時だ…?」

「五時半くらいだよ。よく寝てた、よほど疲れていたんだな」

「あっ………あー…寝過ごしてしまったな」

「今まで張り詰めすぎだったんだろうな、俺が来たのにも気付かないほどよく寝てた。
なかなか可愛い寝顔だったぞ?」


からかうように言ってみた。

それを聞いて、ライは少し照れたような顔をして
「からかわないでくれ」と目をそらしてしまう。

赤く見えるのは夕焼けのためなのか、それともまた違う理由なのかは
恐らく本人に聞いても解らないだろう。


「寝過ごしてしまったと言ったが、何か予定でもあったのか?」

「あ、ああ少し……でももうだいぶ遅れてしまったから、行っても無駄かもしれないな」

「そうか。なら、今日はこのまま休めばいい」

「…でも、顔を出すだけでも…してこようかな」

「……無理して行く事ない。疲れてるんだから、休んでいけばいいさ」


何を言って居るんだろう自分は。


ライは仕事をしなければならないのに、引き留めたりして困らせて。

疲れてるから休めなんて口実でしかない。


なぜかは解らないが、彼にはここに居て欲しい、そんな気がしてしまう。


「……いや、やっぱり行ってくるよ。それに休養なら今の居眠りで充分にとれたと思うしね…。
ありがとう、ルルーシュ」

「…何がだ?」

「君が来てくれなかったら、きっとこのまま本当に寝過ごしてしまうところだったし、
それに………」

「……?」

「心配してくれて、ありがとう。僕は大丈夫だから」

「…ばか、別にお前の心配なんてしてない。ただお前があまり帰ってこないからナナリーが……」

「はは、ナナリーに心配かけさせちゃってるのか。それは悪いな…
今度、スザクと一緒に時間を作っておくよ」

「……多めにな。お前達が休む分も」

「了解。本当にありがとう、ルルーシュ」


そう言い残して、ライは脇に置いてあった上着を手に取り、Yシャツを整えながら
軽く手を振って部屋を出て行った。


「……お前のために言ったわけじゃ、ないんだぞ…」

誰も居ない部屋の中、先ほど机の上に置いた彼の制服の方を向いて
小さくもらした呟きは虚しく消えていった。

まだ、彼の寝ていた場所は温かい。

そっと撫でて、彼の残していった体温を感じる。


「…シーツ、換えておいてやらないとな」


軍なんて辞めてしまえばいい、傷をつくるくらいなら、ただ傍にいて欲しい。


この体温を、なくしたくないから。



[end]






[2008.10.09 初出]
[2015.10.02 加筆修正]

ルルライ。
基本はBLだとルルーシュ受け推しです、が、
ルルライは例外。

ライが左にくることは…多分、ないかなぁ……。