僕らの絆は、夜空に咲いたあの花よりも美しく、 。



ナツノハナ




重い金属のドアを開けて、スザクはコンビニの袋をひょいと軽く持ち上げながら朗らかに笑って、
エプロンを外しながら台所から出てきたルルーシュに声をかけた。


リビングに面するカウンターには数品の料理がほかほかと湯気を立てている。


「ただいま、ルルーシュ。缶ビール買ってきたよ」

「おかえり。つまみ、出来てるぞ。……もうすぐ始まるな」


スザクの手に下げられた白いビニール袋を見てルルーシュは少し嬉しそうに笑って、
ベランダのカーテンを開いた。


カラカラカラ、と窓を開けると、雲のない晴れた夜空が広がっていた。

部屋にかけた時計の針が七時三十分を指している。
カウンターに置かれた、熱々のつまみを見て、スザクな少年のような無邪気な顔で
グラスを運ぶルルーシュの方を見る。


「から揚げとフライドポテトか。おいしそうだね。
……それにしても、君の料理はいつも本格的だな……
もう少し手を抜くことを覚えてもいいんじゃないか」

「お前がいい加減すぎるんだよ。
……ほら、手が空いているんだったらそれ、持ってきてくれ。ついでにケチャップも」

「はいはい……人使い荒いなぁ」


口では文句を言いながら、満更でもない様子で料理を運ぶ。


ベランダに置いてあるミニテーブルはスザクが買い出しに行っている間に
ルルーシュが拭いておいた。


スザクがルルーシュの作ったつまみの載った皿を持ってきた、ちょうどその時。


パァン、と独特の音と共に、眩い火花が大輪の花を咲かせた。





「……綺麗だね」

「ああ……。本当、この部屋を選んでよかった。夏の花火が一番楽しみだな、一年で」

「そんなに好きなんだ……」

「……スザクは好きじゃないのか? 花火」

「や、好きだけど……」


(俺の場合、花火より綺麗な花を一年中見ているから……)


思っても口に出せないようなことを考えながら
スザクはビールの缶に口をつけ、勢いよく流し込んだ。

ビールを飲むならこれに限る、ルルーシュもそれはわかっているので
出したグラスはひとつだけだ。


ベランダにもたれかかって花火を見上げる。
その傍らにはルルーシュの作ったおつまみ。

作ってからそれほど時間は経っていないが、夜の冷気の為か少し冷えるのが早い。


一発目の大きな花火から、小さい花をいくつも散らしたものが続き、また大輪の花が咲く。

流行りのアニメのキャラクターを模したものや、星やハートの形の花火など、
この地域の花火大会では多種多様な花火を見ることができる。

火花の弾ける音を聞いて、二人で空を見上げていると妙に感傷的な気分になって、
隣でちびちび酒を煽る同居人に視線を送った。


「ねぇ、ルルーシュ」

「……何だ、スザク?」

「俺たちさ……ずっとこのままでいられるかな」

「……さあ。どうかな」


ぽつりと呟かれたスザクの言葉に、ルルーシュは一瞥をくれてから、
すぐまた空を見上げて曖昧に答えた。


きっとこの先、歩む道を違えるのは仕方ないことなのだろう。

現に、大学生の二人は在籍している学部も違う。

専門職に進まなくても、今までのように同じ道を進めるとは限らない。


幼なじみの二人は、小学校から中学高校と奇跡的に同じ学校同じクラスで十二年間を過ごし、
その上さらに奇跡が重なって同じ大学に入って、大学進学を機に二人暮らしを始めた。


スザクはこれを同棲だと思っているが、
パートナーのルルーシュがどう思っているかは残念ながら定かではない。


今、一つ屋根の下で暮らし同じ学び舎でモラトリアムを過ごしている二人は、
この先また色々と自分の道を選ぶ機会に直面することになる。

そこでどうしても意志が別れてしまうのは仕方のないことだ。

いつまでも変わらずにいられるわけではない。
そう、頭では解っているのだが。


スザクもルルーシュも、血のつながった家族とは関係が上手くいっていない。

特に父親とはそりが合わず、家を出るにあたって仕送りの申し出があったが二人とも断っている。
学費も断ろうとしたが、そこだけは親の意地があったのか頑として譲らなかったため、
奨学金とルルーシュは特待生枠での入学で額を下げることでお互い妥協点とした。
生活費は二人ともアルバイトで賄っている。


二人の生活は特に豊かではない。

人並みに大変で、人並みに楽しい、そんなありふれた日々を過ごしていく中で、
二人の間には友情の枠を少し超えた想いが芽生えていた。


そもそも二人が一緒に暮らすようになったのは、
高校在学時代にスザクが己の想いに気が付いたために思い切って話を持ちかけ、
そんなスザクの想いには露ほどにも気が付かず、どころか自分自身の気持ちにも
まっったく気づいていないルルーシュが
「別にいいぞ。お前と一緒に暮らすのは楽しそうだ」と
“友達として”答えたのが始まりだった。


そりの合わない父親と暮らしていくことに限界を感じていた、というのも大きかったと思う。

二人とも母のことは好きだったが、その母親はどちらも早くに他界してしまい、
保護者といえば父親だけだった。


ルルーシュの家はいわゆる由緒正しい血筋で、親戚も多かった。
従兄や兄弟は多すぎるくらいいて、その大半がシスコンブラコンという色々な意味ですごい家である。

ルルーシュ自身も実妹に対する愛情は「いい加減妹離れした方がいい」と
友人知人が心配するレベルで溺愛しており、とにかく妹に弱いし甘い。

父親のシャルルと妹のナナリー、そしてルルーシュの三人で、少なくとも表面上は仲睦まじく暮らしていたが、
先ほどから述べている通りとにかくルルーシュは父親が大嫌いだった。

幼い頃、母親を亡くしてすぐに別の女性との再婚を言い出した父親が憎かった。

その時には兄のように慕う年上の従妹に手伝ってもらい、
いろいろと強硬手段を執って父親を止めることができたが、
その後も幾度か父は再婚話を持ってきてはルルーシュとナナリーに相談してきた。

スザクにルームシェアの話を持ちかけられたときにも父親には恋人がいて、
懲りずに再婚話を持ち掛けられいい加減に堪忍袋の緒が切れるところだったルルーシュにとって
その話はとても嬉しかったのだ。

煩わしく忌々しい父親の元を離れることができる上、
気心知れた親友との生活ならきっと楽しいだろうと期待に胸を膨らませた。

本当は妹のナナリーも一緒に、と誘ったのだが、ナナリー本人が
「私はお父様を傍で支えてあげなくてはいけないと思うんです。
大丈夫です、いずれ時期が来たら私も独り立ちしますから。
お兄様は、私のことは気にしないで是非、スザクさんのお話を受けてあげてください」
と 天使のごとく微笑んで断ったため、ルルーシュ一人が家を出ることとなった。

その頃、荒みがちでイライラした様子だったルルーシュをナナリーも気にかけていたのだ。

そんなタイミングでのスザクの誘いは兄にとって最善の選択だと、
兄想いの妹は思ったのである。


そしてスザクも、家柄で言うならこちらも由緒正しい家である。

政治家の父、父だけでなく枢木家の歴代の長子は政府関係者、
親戚にも国家公務員やら高級官僚やらが多くいる。

枢木家の長男であるスザクもその道を歩むことを期待されたが、
スザクはそんなものには興味がなかった。

幼い頃から勉強や習い事より身体を動かすことを好み、
野を駆け山を駆け、夏休みには虫取り網を持って走り回るのが大好きだった。

それに何より、人の上に立ってあれこれ取決めするのは性に合わない。
それはルルーシュの得意分野だ。

これまで参加した部活動でも部長副部長を務めるより
平部員で上の言うことを聞いている方が合っていると感じていた。

幼い頃から望まぬ期待を背負わされ、あれこれ不満を溜めて鬱屈していたのが、
似た境遇のルルーシュがいたことで「よし、家を出よう」という決断につながった。


そしてその決断は間違っていなかった。


スザクもルルーシュも、今は以前ほどストレスを感じることなく、のびのびと生きている。

この先、社会に出れば苦労することもあるだろうが、
家の確執に悩むより辛いことはないと思っている。

少なくとも本人たちにとっては、赤の他人との間に生じるストレスはいくらでもどうにかできる自信があった。


「今、俺たちが別々に住むなんて想像できないし……
支え合うのが当たり前になっているというか。何より実家に帰りたくない」

「お前の場合、俺がいなくなったらまともな飯を食わなくなるだろう。
コンビニ弁当とかインスタントとか、そういうものに頼るんだろどうせ」

「君の手料理食べてたら、そんなもの食べられなくなるよ。
一流の料理店に行ってもきっと物足りないね」

「……褒め過ぎだ、馬鹿」


馬鹿、と言いながら顔をそむけたルルーシュの耳は赤く染まっていた。

酔ったのかな、と思うが、儚い見目に反してルルーシュは酒に強い。
缶ビールを半分も開けないで酔うことはないだろう。

そんなルルーシュの反応に軽く笑って、スザクもビールの缶を傾けた。

笑われたことにムッとした様子を見せながら、ルルーシュがスザクの方を向くことはない。
真っ赤な顔を見せたくないのだろう。


花火大会はまだ続いている。

空に打ち上げられる大輪の花を見上げながら、先ほどまでとはどこか違う表情でルルーシュがぽつりと言った。


「……いいんじゃないのか?」

「…………え?」


ルルーシュの言葉に、思わず素っ頓狂な声が出た。


「いいんじゃないか。この先、生き方が別れても」

「……でも」


(俺は寂しいな。ルルーシュが傍にいない生活なんて。)


胸の中に浮かんだ言葉は声にならなかった。

問いかけて、答えが返ってくるのが怖かった。


(ルルーシュは違うのかな。俺が傍にいなくても平気なのかな)


実際、そうかもしれない。
それでも、考えるだけで寂しくなった。


そんなスザクの胸中を知ってか知らずか、グラスに注いだビールを一気に流し込んだルルーシュが
火照った顔にあきれた表情を浮かべて嘆息した。


「何情けない顔をしているんだ、お前は。
生き方が別れたって傍にいられないわけじゃないだろ。
別のことをしていたって、一緒にいることくらいはできるし……
それに、まだわからない先のことで悩むより、今を満足できるものにする方がいい」

「……そう、だね」

「そうだ」


ルルーシュも同じ気持ちだったのかもしれない、と思うと少し嬉しくなった。

それは先ほど胸をよぎった寂しさよりは、大きく温かいもののように感じられた。


乾いた音を立てて、最初に上がった花火より大きな花火が打ちあがる。
いくつもの小さい花火に囲まれて、空間を支配するほどの破裂音を響かせて艶花が散る。


「なんか、花火みたいだ」
「……え?」


今度はルルーシュが素っ頓狂な声を出す番だった。

その反応を見て、スザクはくすくす笑って、目を見張るルルーシュの顔を見ながら言った。


「花火って一瞬しか輝けないけど、その一瞬がすごく綺麗だろ。
今、ルルーシュが言ったことも……今を満足できるものに、っていうのも、
花火みたいだと思ったんだ。一瞬でもいい、それが幸せなら。そういう意味だろ?」

「……ま、まあ。そんなところなんじゃないのか。
……というより、お前、時々突拍子もなく恥ずかしいことさらっと言ってくれるよな」


自分の言った言葉を、意図した以上に綺麗に飾られてしまって急に恥ずかしくなったらしい。

先ほどより照れた表情でルルーシュはスザクから顔を逸らした。

可愛いからもう少し見ていたかったのに、と少し名残惜しく思いながら、
最後の花火が散っていく様を見上げた。


「ルルーシュ」

「……なんだ?」

「これからも、何年先でも、ずっと一緒にいようね。何度でも、一緒に花火を見よう」

「……そうだな。何度でも、一緒に」


ルルーシュは空を見上げたまま、スザクの方を振り向かない。

スザクもまた、振り向かなかった。


空気の動く気配がして、目線だけを横に流すとルルーシュが空のグラスをこちらに突き出していた。
意図を察して、スザクも中身の入っていないビールの缶を当てる。


遥か彼方まで、輝いている僕らの未来に乾杯。


――僕らの絆は、夜空に咲いたあの花よりも美しく、咲き誇る。永遠に。――



[end]






[2008.08.02 初出]
[2015.02.12 再筆 10.03 加筆・修正]

大学生現パロスザ(→)ルル。

サイト復活させるぞ!と意気込んだ時に、再掲載する作品と
再掲にあたって手直しする作品を選別した時に、 これは書き直したいなと思い再筆しました。

お酒弱い受けも好きですが、ルルーシュは強そうだなと思っています。
欧米人(?)だしね。ワインくらいなら水のように飲みそう。
スザクの一人称が俺なのは、原作と違って父親殺して贖罪のために生きていたりとか
そういう、「昔と違う自分」を装いたくなるような重い事情がないからです。