大事なことだからこそ、なかなか一歩が踏み出せない。

絶対君に喜んでもらうんだ、そう意気込むほどその一歩は重いんだ。



君にあげる想い




日めくりカレンダーを勢いよく剥がす。


新しく現れた紙にはエレガントなフォントででかでかと書かれた5というアラビア数字。
その上隅にはささやかに十二の太字が存在を主張していた。

本日の日付、十二月五日。


「……今日だ」


5という数字を囲むように書かれた、男所帯には不釣り合いなピンクのハート。
多分これを見たら同居人はドン引きするだろう。

しかし、そんなことを気にしてなんていられない。
本日十二月五日は特別な日だ。

彼だって、七月十日のカレンダーにはこれほど大きくなくても小さく可愛らしい印をつけてくれているのだから、
スザクだけが咎められるのはおかしいと開き直れる。

何を贈ればいいのか、かなり悩んだ。


ありきたりな物ではつまらないが、
指輪やネックレスといった邪魔にならない程度のアクセサリーもいいかなぁと思う反面、
渡したところでつけてくれるかわからないという不安が付き纏う。

鬱陶しそうにされたら凹むし、何より値が張る。

つんけんしていて現実主義一徹のように見えて結構純情な面のあるルルーシュのことだから、
もらった瞬間は初々しい乙女のように愛らしく恥じらいながらも喜んでくれるだろうが、
パッと冷静になってしまえば「こんな高いものを買う余裕があるなら少しでも家計に入れろ」と
照れ隠しだととれなくもないお小言を言われることは目に見えている。

それは、本心でなかったとしても、けっこう傷つく。

手作りの料理やお菓子はどうだろうかとも考えたが、それはルルーシュの分野だ。
相手の方が得意とする領域にうかつに踏み込んで下手を打つのは避けたい。

日常的にパソコンと対峙する時間も長く、勉強やら何やらで肩が凝っていそうな彼のために肩たたき券とか、
日頃すべての家事を任せきりになってしまっているからお手伝い券、とかも考えたが、
あまりに安上がりだ。

第一、発想が幼すぎる。
母の日目前の小学生とレベルが変わらない。

勉強で疲れているのはお互い様だし、お手伝い券は贈ったところで使わずにとっておいた末、
いつの間にかその存在を忘れ去り思い出にしてしまうのがルルーシュだ。


色々悩んで、そこでスザクは考えた。


有形のモノを贈る必要はないんじゃないか、と。


人に何か贈るときは自分がもらって嬉しいと感じるものを贈るといい、というのはよく聞く話だ。

スザクは自分がルルーシュにもらって嬉しいものを考えた。

指輪やネックレスは、いつでもルルーシュの存在を感じることができるからすごく嬉しい。
指輪なら嵌めるのはもちろん左手薬指だ。

だが、何かが違う。

手作りの料理はほぼ毎日いただいているが、もちろんもらえたらとっても嬉しい。
肩たたき券やお手伝い券は、彼は思いつきもしないだろうが、
もらったところで自分ならむしろルルーシュに使わせたくなる。
というより、もらってもあまり嬉しくないのが本音だ。

嬉しいもの、幸せなもの、欲しいもの。

考えすぎて思考が迷宮入りし始めながらもウンウン唸って悩んで引きずり出した答えは、
何とも陳腐なものだった。


欲しい物。

そんなもの決まっている、『ルルーシュ』だ。


だってこの世で一番大好きなのだから。

愛してるなんて、言えば言うほど安くなる気がして普段は軽々しく口にはできない。

それを伝えるのは、「今こそその時」と思える最高の一瞬を見つけて、その時だけだ。
最大限の想いをこめて、彼の心に刻みつけるように甘く優しく、時に激しく。


「……喜んでくれるかな、ルルーシュ……」


彼と自分のために用意した二枚のチケットが入った封筒を握る手に、自然と力が籠った。


スザクの最愛がこの世界に愛されて生まれてきてくれた日の、そんな朝。







疲れた。


大学構内のカフェテラスで、柄にもなく砂糖とミルクをこれでもかというほどぶち込んだコーヒーを
スプーンでぐるぐるぐるぐる混ぜながらルルーシュは息を吐いた。


向かいの席では、偶然なのか何なのか知らないが中学の頃からの腐れ縁で、
同じ大学に入ったところまではよくあることとして本当に偶然なのか疑いたくなるような奇跡、
学科まで同じで、色々言いたいことがないわけではないがかなり付き合いの長い友人が、
珈琲を混ぜ続ける自分を呆れた眼で見て笑っていた。

こんなに引きつった笑いをこの剽軽な友人から引き出すとは、
自分の状態は余程凄まじいのだろう。


「お前、何がそんなに嫌なの?」


ぐび、とガサツな手つきで無糖のカフェラテを流し込みながらリヴァルがルルーシュに問いかけた。


「何が」


何のことを聞かれているのかはなんとなくわかっているが、深い意味もなく聞き返してみる。

思わず睨んでしまうが、不機嫌なときに変なことを聞いてくるこいつが悪い。

はぁー、とわざとらしいほど深い溜息を吐いて、コーヒーカップをソーサーに乗せながら答えた。
ルルーシュに睨まれてスルーできるのは長年の付き合いがあるからこそだ。


「誕生日を祝われるのがそんなに嫌?」

「別に。祝ってもらって嬉しくないわけないだろ」


そう。
ルルーシュの苛立ちの原因はまさしくそれだった。

苛立ち、と言うよりも、疲労と言った方が的確かもしれない。


今日は朝からずっと、人とすれ違う度ごとにおめでとうおめでとうと言われまくった。

同じ学年の者や、ある程度親しい者ならわかる。

学年は違っても同じ講義を受けていて何度か言葉を交わしたことのある者とか、
話した回数は数えきれるほどしかない教授までもが祝ってくれるのはどうしてだ。

なぜ知っている。

正直な話、対応するのに疲れた。

祝福されるのは嬉しい。
とてもありがたい。
だが、あまり何度も何度も続けざまに言われると、その対応の度に疲労も溜まる。


それに。


(誰よりも、一番に言って欲しかった奴は、けろっと忘れているみたいだし)


「嬉しくないわけない、とか言う割に随分機嫌の悪そうな顔してますけど?」

「気のせいだ。……と。そろそろ行かないとな」

「何、もうそんな時間?」

「そんな時間だ。お前も取ってるんだろ、行くぞ」

「はいはい……あっルルーシュハピバ!」

「はいはい、アリガトウアリガトウ、とてもウレシイよ。今日だけで何回目だ、お前」

「六回目くらい?」

「嫌がらせか」

「もちろん」


この馬鹿、と心の中だけで舌打ちした、つもりだったが、
リヴァルの反応を見ると実際に舌打ちしてしまったらしい。
気にしない。

この何もかも見透かしたような、ルルーシュ自身も気づいていないような深層部まで見抜いているかのような、
ひょうひょうとした笑みが気に食わない。


長い付き合いが秘密を許してくれない。

ただ同年代の級友で悪友で、自分よりちょっと頭の緩い男であるはずなのに、
こういう時に限っては妙に冴えていてとてつもなく恐ろしい存在に思えてくる。

何でも見抜いてくるあたりが、年齢不詳の隣人女性を思い出させて腹立たしい。

講義に向かう前に、泡が立つほどかき混ぜていたコーヒーを一気に飲み干した。

胸が焼けそうなほど甘い。

失敗した、とイライラが倍増した。


(ああ、イライラする)


他人には易々とわかる理由によって引き起こされているらしいイライラは、
廊下で出会った男によって一気に溶かされることになる。







「ルルーシュ、おはよう!」

「……おはよう。昼過ぎだけどな」


不意打ちを仕掛けてきた同居人にルルーシュは動揺と呆れを隠せなかった。


休み時間が終わる直前、講義室に向かって慌ただしく人の波が流れていく
だだっ広い廊下をリヴァルと歩いて移動しているところに、
茶色の九摂家が視界に紛れ込んで二人の進路を妨げた。


リヴァルは「お先〜」と言ってひらひら手を振り、
スザクの横をすり抜けてチェシャ猫みたいに笑いながら置き去りにして行ったが。

去り際に叩かれた肩は、何の慰めか励ましか。


「今朝はまともに口きけなかったからね、おはようでいいんだよ」

「なんでそんなにテンション高いんだ。とりあえず俺はこの後講義なんだ、そこを通せ。邪魔だ」


言葉の端々に刺々しさが滲む。

一緒に住んでいるのに声をかけるのが遅いんだよ馬鹿め、とか、
そんなに話したいなら朝余裕を持って過ごせばいいだろうが、とか
色々と言いたいことはあるが、とりあえず今は「退け」と訴えたかった。

講義があるというのはもちろんだが、恐らくそれ以上に、
ふつふつと湧き上がる感情がその原因だ。

この気持を、この男にぶつけたくはない。


「そのお願いは聞けないな。退いたら待ち伏せていた意味がないだろ」

「待ち伏せ……? なんでだ」

「わかんない? ほんとに?」


眉を顰めて問うルルーシュに、スザクは「なんでわかんないの?」とでも言わんばかりに
小首を傾げて問い返してきた。

質問に質問で返すのかこの馬鹿は、と心の中で悪態をつきつつも、
可愛いと思ってしまう自分がいてルルーシュはうんざりした。

講義の予定はスケジュール帳でも覗いたのだろう。
一つ屋根の下に暮らしている以上、その程度のプライバシーの侵害は許容範囲内だ。

予定がわかれば講義室付近で待っていれば捕まえることができる。

だが、だからこそ余計にむっとした。


(講義の予定なんか確かめている暇があったら、誕生日のひとつでも祝ってくれたっていいじゃないか)


我ながららしくないな、と思いながら、自分が考えたことを振り返って、ハッとする。


「……もしかして、お前」

「気づいた? ルルーシュ。今日の日付」

「俺の、誕生日?」


確かめるように、一つ一つの言葉が途切れ途切れになるのは不安な気持ちの表れか。

ルルーシュの言葉に、スザクは夏の日差しの下大輪の花を咲かせる向日葵のごとく晴れやかに笑った。


「正解。今朝お祝いしてあげられなくてごめんね?
忘れていたわけじゃないんだ、むしろここ一か月は君の誕生日をどうやって祝ってあげようかって、
それだけで頭の中がいっぱいだった」


満面の笑顔に照れくさそうな表情が覗いたのに気づいて、
どうしようもなく可愛く見えた。


「……ばか」

「へへ、ごめんね。僕ばかだから、どうやったら君が喜んでくれるのか、さっぱりわからなくて」


(そんなもの)


お前が一言おめでとうと言ってくれるだけで、何をもらうよりも嬉しいに決まっている。


一瞬、そんな恥ずかしいことを考えてしまって、ルルーシュはぼっと顔を赤くした。
頬が熱い気がする。


「でね、僕はルルーシュにどうしてもらったら嬉しいんだろうって考えた」

「……それで?」


呆れるほど真剣に悩んでくれたのが嬉しくて愛しくて、つい顔がゆるんでしまう。


「僕の時間を、君にあげることにした」


向日葵のような笑顔に、確信犯的な意地悪さが浮かぶ。

ルルーシュの大嫌いな笑顔で、一番うれしいことを言ってくれる。


きっと喜んでくれる。その確信が見え隠れする笑みだった。


「つまり?」

「これから僕と、デートしよう。君の好きそうなレストラン予約してあるんだ。
あと、映画のチケットも。君の好きそうな面倒くさい映画」

「面倒くさいって……俺は、この後講義があるんだが?」

「そんなものサボっちゃおうよ。
出席は足りてるんでしょ、ノートならリヴァルに任せちゃってさ。ね?」

「……そんなに言うなら。付き合ってやらないこともない」


掌の上で素直に踊ってやるのが悔しくて、少し言い返してはみたが、自分は思っていた以上に嬉しかったらしい。

言い返す言葉にもキレがない。

いくらでも丸め込んでしまえそうなのに、できない。


「ありがと、ルルーシュ。じゃ、行こうか」


そう言ったスザクの顔は、遊ぶのに夢中な子どものように無邪気で、眩しくて。

ルルーシュはスザクのどの表情より、この笑顔に弱かった。


「なんでお前が礼を言うんだ、逆だろ」

「いいじゃない、言わせてよ。だって今日は、君が生まれた日なんだから」


持っていたカバンはいつの間にかスザクの手の中だった。

空いた方の手でルルーシュの手を引いて、玄関に向かって小走りになる。
逸る心が抑えきれないとでも言うように。


外に出ると、午前中曇りがちだった空は青く広く晴れていた。


「誕生日おめでとう。ルルーシュ、生まれてきてありがとう」


振り返りざま、向けられたのはきっとルルーシュにだけ見せる特別な表情で、
それも今日この日にただ一度だけ。

たぶん、もう二度とお目にかかれない、最上級の微笑。


「……ありがとう、スザク」


ルルーシュがそう答えれば、二人はただ笑い合った。

この平穏がずっと続きますように。

無意識に、そう願った。


――Happy Birthday, to Lelouch! Thank you, only The your smile.――



[end]






[2008.12.05 初出]
[2015.02.14 再筆 10.03 加筆・修正]

『ナツノハナ』ルルーシュ生誕。

深く考えずに書いていたんですけど、
ルルーシュ、カレン、リヴァルって 法学部率高いですね。
リヴァルが法学部に行くとはちょっと思えないんですけど、
そこはご都合主義と言うことで深く考えないでおきます。

最後の英文に自信はないですが生暖かい眼で流してください(´^ω^`)