ここまで長引くとは思っていなかったぞ。

心の中だけでそう呟くが、目の前の少年はニコニコと笑ったままだった。



お月様と向日葵少年




最初、この教室に集まった生徒は約20人ほど。

担当教諭の性格が優しいためか、そこまで厳しいテストだとは思わなかったのだが、
彼らにとっては違ったらしい。


教科書や最初に受けたテストの用紙と向かい合い、
再試験が開始されるのを待っていた彼らは、
マラソン式追試で再試験の回を重ねるごとに少しずつ人数を減らしていき、
5回目にもなる試験を終える頃にはたった一人となっていた。


だがしかし、そのたった一人が激しく問題だったのだ。


馬鹿にしてんのかと思うほど、試験を繰り返す度に点数を下げていくのである。


最初の試験は2点足らず、1問のミスで追試となっていたのだが、再試験になった途端
一気に出来が悪くなった。

それでもたまに快方へ向かうような結果を示し、次こそは大丈夫かと思わせるのだが、
ほっと安心したのも束の間、次の用紙には×を量産してくれる。


この少年の学年を受け持つ数学教諭は部活の様子を見に行かねばならないから、と
残った二人の同僚に申し訳なく思いながら一時その場を後にした。

そして残った二人のうち、一人の教諭もまた、受け持つ部活の様子を見に行くために
もう一人の同僚に少年の試験を任せ、教室を出ていった。


もう少ししたら、最初に部屋を出て行った方の人が好い男が戻ってくるだろうが、
それまでの間は二人きりだ。


次の試験用紙は彼が部活から戻るとき職員室によって持ってくると言っていたので、
それまでの間、ルルーシュは目の前でニコニコと笑う大型犬のような少年に
懇切丁寧に数学を教えてやることになった。


「お前は単純なミスが多いんだ。符号を間違えたり、指数を間違えたり。
だから、もう少し丁寧に解けばきっとすぐ合格できる。
じゃあ、さっきの問題をもう一回解いてみようか。
まずは一人でやってみて、わからなかったら呼んでくれ」

「はーい」


語尾にハートでもついていそうな勢いで、相も変わらずニコニコ笑ったまま、
少年、ジノはシャープペンシルを手に取り、
ルルーシュがノートに写してくれたプリントの問題と何度目か解らぬ対峙を始めた。


外はもう暗い。

時計の針は、もう既に通常の下校時間を30分は過ぎていた。

こんな時間まで再試験を繰り返す事ができるのは、ひとえにここが全寮制の私立高校だからだろう。

夕食の時間もあるが、それに関してはルルーシュがしっかりと男子寮に通達しておいた。

ある意味自業自得だとはいえ、自分たちが残しているせいで夕食にありつけなかった、と
なるとさすがに寝覚めが悪くなりそうだ。


ジノが問題を解いている間、
ルルーシュはその日回収した課題のプリントとワークブックの確かめを行うことにした。

普段なら職員室で行う作業だが、今は時間が惜しい。

追試を行う際は、より充実した指導を行えるようその学年の担当教諭だけでなく、
同じ教科を受け持つ他学年の教諭も付き添って教えるようにしているため、
ルルーシュも普段はあまり関わらないような学年の生徒たちと交流ができる。

…のだが、ここまで再試験を受けまくった生徒はあまり見た事がない。というか
初めてかも知れない。(イマイチ頭がいいとはいえない同僚ならいるのだが)


さて、持ち帰りにしないためにもさっさと仕事をしてしまおう…、そう思い、
ルルーシュが赤ペンの芯を出した、まさにその時であった。


「せんせー」


どこか気の抜けた、妙に明るくのんきな声がルルーシュを呼んだ。


またか…、と渋々ルルーシュは芯をしまう。

こいつに数学を教えてる副担任のお人好しはいつになったら帰ってくるんだ、と
心の中だけで悪態を吐きながら、「今度はどこがわからないんだ?」と
ジノの座る席まで近づく。


さっきからずっとこれの繰り返しだ。


「この問題なんですけど」

「…お前、……いや、何でもない、これはだな……」


同じようなことを何度言ったか知れない。

「なんでこんなのも出来ないんだ?」又はそれに類する言語は厳禁だと
ルルーシュ自身が自らの心に戒めているため、
そのようなことを漏らしそうになるのはぐっと堪える。

だが、やはり、気持ちのいいものではないとも思う。

同じような内容を繰り返し繰り返し説明させられるのは、苛々する。


「あ、そーなんですね! やっぱり先生の教え方わかりやすくていいなあ、
三年生が羨ましいです。進路指導の関係でしたっけ」

「ライ先生の授業だってわかりやすいだろう?
うちの学年にはむしろ二年生をうらやましがってる生徒の方が多いぞ。
俺は厳しすぎるらしいからな」

「そんなことないですよ〜 確かにライ先生もイイけど、俺はルルーシュ先生の方が好きです。
来年も進路指導で三年生持ってくださいよ、そしたら俺も先生の授業受けれるでしょう?」

「馬鹿か、お前。これだけ追試を受けておいて。
進路の方は出来たらやりたいが、お前はまずこの試験を受かる事が最優先だ」

「あはは、わかりました、せんせ」


こいつ本当にわかっているのか……?

考えても口には出せない、口には出せないが考えてしまう。
さっきからこれで何度呼ばれてることか。数えるのも馬鹿らしいくらいだ。


「じゃあ、もう一回自分で……」

「あ、ちょっと待ってください」


言って席を離れようとしたルルーシュを、ジノが引き留めた。


「どうかしたか?」


振り返ると、相変わらずの笑顔。


「一つ、言い忘れた事があって。多分先生、気付いてないし」

「何だ? まだ解らないところとか……」

「解ってないのは、先生ですよ。
……俺、先生の事、好きなんですけど」

「………はい?」


時が止まる音が鳴ったような、そんな気がした。


外はもう、真っ暗である。


――夏に咲く向日葵という大輪の花は、太陽に向かっていつでも笑いかけるという。


もし この大型犬のように無邪気な生徒が、向日葵だったなら

きっといつでも、ひとりの人のために笑うのだろうな、と。


追試の様子を見に来た担任の体育教諭は思うのだった。


「(…それでこの追試かぁ)」


部活まで休んで。

留年するぞと言っても、奴なら喜びそうだ。



「ヴァインベルグの追試、本当に長かったな」

「そうだな、僕もあそこまで続くと思ってなかったよ。本当どうしたんだか」

「全くだ、お前が教えてあそこまで数学苦手な生徒って珍しくないか」

「え? いや、そうじゃなくて、普段は授業も試験もちゃんと出来てるのに、
珍しいなっていう意味だったんだが……」

「…………出来てるのか………?」

「やっぱりモテるよな、ルルーシュは。罪作りだよ、君」

「何の話だ」



[end]






[2009.05.11 初出]
[2015.10.03 加筆修正]

ブログの方に載せていたジノルル。

ジノの担任=スザク、副担任=ライ(学年主任)、
ルルーシュは一学年上の受け持ち。

ライとルルーシュが数学教諭、スザクは体育教諭。
スザクは陸上部顧問でジノは陸上部、ルルーシュは製菓部顧問。
ライはテニス部とかバスケ部とかなんかその辺の運動部。