ねえねえ体力馬鹿のお兄さん、ちょいとお耳を貸していただけません?


なんだい、ブラコンナイトさん。耳だけならいくらでも貸すけれど?


愚兄が描いたシナリオを、ちょっぴり改変させませんか?



The stage of fools




かつてゼロであった俺を裏切り、シュナイゼルに与した黒の騎士団は
頭に飾った異母兄共々潰し、戦力としては生きていない。

不本意ではあったが、いつの間にか自己を確立させ己の意志で行動できるまでに成長した最愛の実妹も押さえた。

これで進む道を阻むものは何もない、あと問題があるとすれば、
これから先予定していたシナリオ通りに事を進められるかどうかだが、
それに関しては心配する事はないだろう。


何しろ、今俺に手を貸しているのはこの世界の誰よりも俺を憎む男。


(他にもピザ食いの魔女とか顔のよく似た双子の妹とかいるが、それは、まあ、大丈夫だろう。)


今、俺が歩む道を阻むものは何もない。


世界は我が掌中に。


傍らには憎しみの刃が。


これだけ揃って、願いが叶わぬはずがない。

世界は、結局俺に屈するほかないのだ。


ああ、なんと素晴らしき今だろう!!



*   *   *



日本がブリタニアに侵略され、その名と尊厳を失ってから、8年近く経つ。


その長くもあり短くもある年月の中で、
憤る日本人たちは本当に"尊厳"やら誇りやらというものを失ってしまったらしい、と
自分は最近よく考えるようになった。


大体、愚か以外のなんだというのだ。奴らの行いは。


かつて親友であり宿敵であった彼は、その身に流れるブリタニアの血を酷く呪っていたが、
今の自分は正にそれなんだろうと思う。


この体に、奴らと同じ日本人の血が流れてる。

なんて忌々しいことだろう。


だからといってブリタニア人がよかったかというとそうでもない。

何せ、彼を傷つけた人間の多くはブリタニア人でもあるわけだから。


その父然り、その母然り、そしてそのきょうだい然り。


ハーフ&ハーフなクラスメイトもいたような気がしたが、
それは本人が日本人だと言い張るので日本人にカウントしてあげよう。
これで日本人の罪がひとりぶん増える。


ブレインを失った無能な猿に、一体何ができようか。

代わりに別の頭を乗せてみても、それでも、本来持つべき頭を失った無能な手足に、
何を変えることもできるはずがない。


だがしかし、だ。


今自らが仕える主君、そう、かつて奴らのブレインであった麗しの皇帝陛下が
正しい判断を出来る人間かというと、それも違うだろうと思う。


だって本当に頭のいい人間だったら、もう少し別の方法を考えるはずなのだから。


名誉ブリタニア人になってから、幾度もの屈辱に塗れてきた。

裏切り者と呼ばれ、売国奴と罵られ、薄汚いイレヴンがと蹴られもした。

イレヴンだというだけで罪をなすりつけられそうになった事も、あった。

そして親友を裏切り売り飛ばして昇格してからは、英雄という名の希望を奪った、
これまた裏切り者。

そして、重ね重ね主君を変えるそのさまは騎士道に反するらしく、裏切りの騎士とも。


この世界の住人は裏切りという言葉が大層お好きらしい。


これで今、彼の望みを叶えたら、僕はまた、あだ名が増えるかも知れない。


(ああ、その心配はないのか。仮面被るから。)


だがしかし、そんな悩みは憂慮に過ぎぬのだと、
共に傅く少女の言葉が告げてくれた。


彼の皇帝と瓜二つの彼女は、彼の双子の妹なのだが、皇女として傍にいる事を断り、騎士になった。

まあ、彼女なら、兄とは違って運動神経も優れているので無問題。

加えて頭もいいときた、そしてそんな彼女は僕をよく悪戯ごとに巻き込んでくれる。


ルルーシュ皇帝の寝台をおもちゃの蛇で埋め尽くしてみたり、
机の中にゴ●ブリを一匹隠してみたり
(リリーシャは平然と捕まえ平然と放り込んだが、軟弱な皇帝陛下は素っ頓狂な悲鳴を上げて
シルクのカーテンにすがりつきながら僕を呼んだ。その時の情けない命令、「そこにいる黒光りするGをなんとかしろ!!」。)と、
まあくだらない悪戯をよくもまあここまで思いつき、実行に移すものだと半ば呆れながら付き合ってきたのだが。


今回の悪戯は、僕にとってもアタリであった。


実行されたあとの彼の顔、


見物だと思う。


(何せ今、あの馬鹿な皇帝は世界が全て自分の思うとおりに動くと思いこんでいるのだから。)



*   *   *



あの血を分けた瓜二つの兄は、果たして私を妹と思っているのだろうか、と不安になることが稀にあった。


何せあの男、二、三年下の妹はそれこそ目に入れても痛くないほど蝶よ花よと
可愛がるクセして、私に関してはほとんどそう言った様子を見せない。

顔が似ているからか。

そんなに似た顔が忌々しいか、私だって嫌だよそんなの。


けど、ウィッグを被って服を交換して、二人で入れ替わり周囲をからかう時は、
とても楽しかった。

あれは双子の特権、下の妹には絶対まねできない、私の唯一の自慢。

あの妹は私にとっても可愛い子だけど、それくらいの対抗心は持ってもいいと思う。


とりあえず。


頭がいいくせにお馬鹿は我が実兄は、この妹がこの期に及んでなお兄に反抗するなどとは
思っても居ないだろう。


そして世界征服して有頂天になった脳みそは、私の唯一にして最大の欠点を失念している。
(そこ、もっと欠点あるんじゃねぇかとか言わない。)


そして駒を手にしているのは自分一人だと思いこんでいることだろう。


だがそれは、とてもとてもありがたい誤算である。


なぜなら、そんな抜けた兄のおかげで私は、この人生最大の悪戯を実行できるのだから。


(それにしても、あの手駒がこんなに騙しやすいなんて思わなかった!)



*   *   *



――某月某日、神聖ブリタニア帝国 皇帝直轄領日本。


そこでは、華々しいパレードが開かれていた。


道の中央を堂々と通るは世界唯一の為政者、神聖ブリタニア帝国第99代皇帝にして
超合集国最高評議会議長にして軍事組織黒の騎士団CEOであるルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。


透き通るような白い肌、威厳のある冷たさをもつ艶やかなアメジストの瞳、
そしてさらさらとした漆黒の髪。

白い装束を纏った肢体はすらりと細く、ともすれば折れてしまいそうなほど儚い印象を与える。


だが、そんな儚い少年こそが、広大な世界を武力で支配する独裁者であり、
ブリタニア史最大といっても障りない"悪逆皇帝"なのだ。


悠然と笑みをたたえ、手を振る少年帝と、彼を褒め称える無感動なアナウンスをよそに、
その場に集まった沿道を埋め尽くす民衆は、誰一人として彼を認めない。


ただの独裁だ、と。

ただの虐殺者だ、と。

――何が栄光だ、と。


そして誰も気付かない。

それこそが、仕組まれた舞台だという事に。


気付かない民衆の様を見て、神聖帝国の皇帝はわらうのだ。

これから訪れる未来を、思い描いて。


虜囚共は心の底から悔しそうな顔をしていた。

当然だろう、あれだけ忌々しく想い悪魔の力から世界を護らんとした自分たちが捕らえられ、
殺されようとしているのだから。


これから世界はあの悪魔の手の中で踊らされ、狂い、壊れていくと思っている。

自分たちの死が世界に痛手になると思っている。


なんと愚かしい。


つい最近目を開けたばかりの皇女とてそうだ。

自分で考える事を放棄しておきながら自分が正義だと思いこんで大量虐殺をした。

多くの人間を殺しておいてなお、自らは潔癖と思いこんでいるに違いない。

本人に問えば自分も罪を背負っていると豪語するのだろうが、罪というものは
本人の魂に刻み込まれるもの。

胸を張っていえる時点でそれはただの"過ち"でしかない。


同じ兄を持ち、同じ時を過ごし、同じように育ってきたはずなのに。


ああ、違うか。

あの馬鹿な実兄は彼女を慈しみ過ぎたんだ。


自ら闇へと足を踏み入れた"私"と違って。


――ねえ、ルルーシュ兄様? 最後の最期、私の人生最大の悪戯よ。


  そして


少女は、笑みを深める。


目の前に現れた、仮面の男を見据えて。



*   *   *



男が現れてから、全ての事態は一瞬で片付いた。


死んだと思っていた英雄の登場に民衆はざわめき、兵士たちは皇帝を護ろうとしたが
それも易々と踏み越えられてしまう。


瞬く間に皇帝の前まで辿り着いた英雄は、手にした長剣で目の前の悪逆皇帝を貫いた。

何の躊躇も容赦もなく、悪を断罪したのだ。


民を虐げ苦しめる独裁者。
史上最悪の征服者、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを。


――否、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに扮した、その実妹を。


心臓を貫かれたその身体はすぐに力を失い、己を突き刺した男にもたれかかった。

男の肩に頭をのせ、皇帝はその耳元に囁く。


「…これ、はね。私から、あなたたちへの……最期の、願いよ…。
いつも、いつも……私たちを護るばかり、で…自分の事、蔑ろに、してた…から……。
あんたも、あいつも……なくさないと、気づけない馬鹿だから……。
わたし、が……教えて、あげ…るの」

「…………」

「生きて。生きて世界を造りなさい……いつまで、世界…だませる、か……
向こうで、みてて、あげる…から」

「……………ッ」

「償いおわるまで。足掻くのよ」

「…リリ……っ」

「さよなら。私のいちばん大切な人たち」


(ありがとう。大好きなお兄様。

ありがとう。大切な私の親友。

さようなら。愚かな、世界よ。)


そして、そのまま……男にもたれかかったまま、皇帝は息絶えた。


最期に告げられた言葉に、男は仮面の中で涙を流し、
貫いた時と同様、躊躇うことなく皇帝の身体を支えていた長剣を引き抜いた。


その反動で、支えを失った身体が転がり落ちる。

落ちた先には彼らの実妹。

甘やかされた温室の姫君が、鮮血に染まる皇帝の身体へそっと手を伸ばしていた。


その亡骸に触れた瞬間叫ばれた「お姉様」という嘆きの声は、
英雄を讃える民衆の声に掻き消され、虚しく融けていくだけだった。



*   *   *



『スザク。いいこと思いついちゃったの、協力してくれない?』

『……はあ…何だい、リリーシャ。君は本当いつもいつも…どうせろくなことじゃ』

『ふふっ…そうね、いつもこんなのばっかり。けど今回はひと味違うわ』

『……?』

『私の一世一代の大作戦。最高の悪戯よ……終わったときのお兄様の顔、見物だと思うの』

『……何をする気だ?』


『生き延びてもらおうかな、って。自称悪逆皇帝のお人好しに。
……たまには、私のために泣いてもらってもいいと思わない?』


その時浮かべられた彼女の笑みは、実兄にそっくりで狂おしいほどに美しかった。


その結果がけっして正しいものではないとわかっていても

あのルルーシュが望んだものではないとしても

あのとき、俺にそれを断ることができなかった。


だって彼女のいうとおり、
俺たちは失わないと気づけない、馬鹿だったんだから。



[end]






[2015.10.03 加筆修正]

執筆日時は不明、サイト閉鎖後に書いて
放ったらかしになってたものです。

双子で死んじゃうとはいえオリキャラが出て来ているので
扱いに困っていたのですが、サイト作るなら置けるかなと。

双子妹ちゃんの名前をちゃんと考えてあげればよかったなーと
今になって思いますが、これはこれでいいかなと直さず掲載。